別れ話
頭の奥を何かが閃光のように掠めていった。
それがなんなのか、なんの感情であるのかなんて、瞬間的すぎておれにはわからなかった。
目の前の不動はいつもより少しだけ下を向いているけど、他は何も変わらない。
本当はなんとなく感じていたのだ。唐突に放たれたその言葉も、ゆるやかに段階を踏んでここまで来たのだ。しかし無意識下に感じていたそれは、思ったより呆気なく水面に顔を出した。
不動はおれに別れて欲しいらしい。
別に、彼女を雁字搦めにして手元に縛り付けておきたいと思うほどにおれはひどい男じゃないし、別れることで彼女が幸せになれるのならそれはそれでありだ。
でも別れることに悲しみを感じないわけないじゃない。雰囲気でなんとなく予想はできてたけれど、実際言われるとそれなりに辛い。
でも、これでいいんじゃないか?
おれは彼女との距離が近かろうが遠かろうが、少しでも彼女に幸せでいて欲しい。
「わかった」
答えると鼻の奥がツンと痛くなった。あぁ、ダメだ。最後くらい格好つけさせてくれよ。
「さよならだ不動」
そう言うと、不動が情けなく眉を下げて笑った。普段気性の荒い彼女のこんな笑みは初めて見た。多分最初で最後。
不動が右手を差し出してきた。まるで試合終了後のスポーツ選手だと思いながらその手を握った。
「次はもっといい男と付き合えよ」
「…佐久間こそ」
彼女は白い手で口元を覆った。案外細い肩が震えている。
乾いた地面を彼女の涙が濡らした。
ただどうすることもできなくて握った手に力をいれると、不動がむちゃくちゃに涙を拭ってからこちらを向いた。
「好きだった」
「おれもだ」
「…大好きだった」
「うん」
「ありがとう」
「…ありがとう」
彼女を引き止める方法なんてなかった。きっとどれだけ時を戻そうと、違う道を行こうと、おれ達はいずれ別れていたと思う。推測にしかすぎないんだけど。
「さよなら佐久間」
「さよなら」
彼女の白い手がするりと離れていった。
今は、昨日より今日、今日より明日、彼女が幸せであることを願って。
end
優しい佐久間。多分幼なじみかなんか
2011/05/08 11:23
top