付き合ってる高校生












 言ってしまえば基山ヒロトは優等生だ。
 いや、彼を優等生なんてたった一言でかたずけてしまうのはもったいない。女子にも男子にも教師までにも好かれ頼られる彼は、人間という生き物の模範のような存在だ。いや、さすがに少し大げさだけど。
 成績優秀、スポーツ万能、明るい、優しい、エトセトラ。そしてそれらを自慢げに話すこともなく、ただ真面目に授業に出て、時折子供みたいに純粋に笑う。非の打ちどころがないって基山ヒロトのことなんじゃないかと思う。
 先輩にももちろん好かれてて、後輩からは尊敬の眼差しを受けて。まぁ、簡単に言えばおれとは真逆ってコト。
 そんな完璧人間基山ヒロトがなんとなく校内を徘徊していたおれをとっ捕まえて、まるで女子に送るような愛の告白とやらをしてきた時はさすがに驚いたけど。
 勉学にはげみ過ぎてとうとうイカれちまったかと思った。
 まぁ、それをすんなり受け入れたおれもおれだ。



 美術室の冷たいドアを開けると見知った赤髪が見えた。
 はて、ヒロトが課題提出を遅れたり放課後居残りくらったりするヤツだっただろうか。
 ヒロトは熱心に筆を動かし続けている。なんだかその仕草までもが絵になる。
「……ヒロト」
 声をかけるとヒロトはこっちを向いた。そしておれに気づくとぱぁっと明るく子どものような笑みを浮かべた。
「晴矢、どうしたのこんな時間に」
「作品完成できなかったから居残り」
「ハハッ、君らしい」
「うっせ」
 ヒロトはまた筆を動かし始めた。
「お前こそ何してんだよ」
「ん〜、自習勉?」
「美術の?」
 ヒロトのことだからどうせ教科書に載っちまうようなレベル高い絵描いてんじゃねぇの。この間描いてた絵もめちゃくちゃ先生褒めてたし。
 そんなこと考えながらヒロトの後ろに立って、絶句。
 そう、絶句。今のおれにとって一番しっくりくる言葉だ。あと、この絵の題名もそんな感じでいいんじゃないだろうか。
 ヒロトの前に立てられたキャンパスは真っ黒だ。正確にいうと赤っぽい黒とか、青っぽい黒とか、緑っぽい黒なんかが混じった、複雑な黒。
 もう充分に真っ黒だというのに、ヒロトはなおも筆を動かして、キャンパス上に闇を重ねてゆく。
 頭の奥を異常という単語がかすめた。
 異常というのは、延々と闇を塗り続けるヒロトのこの行為じゃない。まぁ、それも異常な気がするけど。ホントに異常なのはやっぱりヒロトの能力だ。
 確かにキャンパスは真っ黒だ。でも、一口に真っ黒と言うのには少し複雑すぎるこの作品からは、なにやら音が聞こえてくるのだ。
 人の声。思念?とでも言えばいいのか。ざわざわとひそひそと、静かに繰り広げられる人々の談笑だったり。それは昼休みの廊下に似ている。そしてその音は耳に心地がいい。
 直感で悟った。これは、賞賛の声だ。
 今まで一度もかけられたことのない言葉の数々。
 おれは思わず耳を塞いでいた。
「……晴矢、ねぇこの絵どう思う?」
「え?……あ、あぁ」
 慌てて耳を塞いでいた手を外す。もう音や声は聞こえない。
 ヒロトがおれを振り返った。
「ねぇ晴………晴矢?顔真っ青だよ。大丈夫?」
「…別になんともねーよ」
「そう?無理しないでね」
 額の汗を拭って再度キャンパスに目をやる。
「どうって………、おれはお前に医者に行くことを勧める」
「ハハッ、言うと思った」
 思ったのかよ。ヒロトはまた前を向いた。
「これ、なんだと思う?」
「おれが知るかよ」
「そうだね。これはね、おれなんだよ」
「……これがヒロト?」
「うん、そう。ねぇ聞こえない?」
 はっとした。あの音はおれが勝手に聞こえてた音じゃなくて、ヒロトが聞かせていた音だったらしい。
「おれは幸せ者だよ。みんなから褒められたり。みんな優しくしてくれるし。でも、なんとなく寂しかったんだ。なんでか分からないけどね」
 ヒロトに分からなくて、おれには分かるなんてこともあるって始めて知った。ヒロトはみんなから英雄扱いされて、なんでも打ち明けられような友達がいなかった。だからそれが寂しかったんだ。…見ればすぐ分かるっての。
「でもね、」
 ヒロトが筆を置く。少し汚れた白くて細い指が白色のチューブを掴んだ。
 パレットの上に白の絵の具が出された。結構量の多い白の中に、ヒロトは微量の黄や赤を混ぜていく。
 出来上がった色は明るくて、眩しくて、強くて、開放感に満ちた不思議な色だった。
 ヒロトはさっきまで使っていたのとは違う筆でそれをからめ取るとキャンパスのど真ん中に筆を置いた。
「でもね、晴矢。そんな中で君に出会えたんだ。おれにとって晴矢は憧れで、希望で、救いのヒーローだったんだよ」
「…さっぱりわかんねぇ」
「そうだね。自分でも少し難しいね」
 難しすぎる。わけわかんねぇよ。ヒーローはお前だろ。
「さぁ完成だ」
 ヒロトが再び筆を置いた。
 ざわめきを連想させる暗闇の中で、輝きほとばしるひとつの光。
 温かさをも感じさせるその光を指差してヒロトが微笑んだ。ヒロトの頬には絵の具がついていた。
「この光、君だよ晴矢」
「これがおれ?」
「うん。君は、輝いてるよ」
「…お前の方が輝いてるよ」
 ヒロトがまたふんわりと微笑んだ。
「おれにとって君は何よりも大切な存在」
「……ばかみてぇ」
 顔に熱が集中するのが分かる。あぁ、だから天才のやることは想像がつかない。
 筆を洗いに席を立ったヒロトが作り上げた作品を見つめながら、おれはぼんやりと自分の用事を思い出していた。




end












想像力が豊かですね



2011/04/24 12:58
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