※別れ話














「ヒロトがおれに抱く感情は恋なんかじゃないよ」
 浅くベッドに腰かけてそう言ったリュウジはうつむいていて表情が分からず。
 だけどその声が震えていることだけはわかった。
「なんのことだい」
「ほんとのことだ!…ヒロトはおれを愛してない」
 顔を上げて叫んだリュウジは今にもこぼれ落ちそうなほどに、目にいっぱい涙を溜めていた。
 なんて言えばいいんだろうか。決めかねて思案してると、リュウジの視線が泳いで、彼は再びうつむいた。
 ベッドのシーツを掴む彼の右手にキュッと力が込められた。
「リュウジ…」
 名前を呼びながらリュウジの右隣に腰かけて肩を抱くと、面白いくらいに彼の体が跳ねた。
「どうしてそんなこと言うんだい?…今更じゃないか」
 耳元に囁くと、リュウジが恐る恐るというようにこちらを振り向いた。その瞳には恐怖の色が混じっている。
「ちが…、違うんだ。違うんだよヒロト」
「何がちがうの」
「やめてヒロト、離れて。離してよ!」
 リュウジの両眼からポロポロと涙がこぼれる。おれの腕からもがき出ようとするリュウジになんとなく苛立ちが増して、無理矢理彼の細い躯を押し倒すと、彼は大きな黒い目をもっと大きく見開いて抵抗した。
「いやだよ。ねぇヒロトいや!離して!!」
「どうしたのリュウジ。君らしくない」
 ヒステリーを起こした女みたいに大声で叫ぶリュウジを黙らせるべく軽く口づけると、彼は顔を真っ赤にしながら再び涙を流した。
 正直おれには、リュウジがこうなった理由が分からなかった。
「どうしたの」
「ヒロト…」
 蚊の鳴くような弱々しい声がおれの名を呼んだ。
「ねぇヒロト聞いて。…ヒロトがおれに抱く感情は…」
 リュウジの腕にそっと胸を押されて、彼の上から潔く退く。彼は上体を起こして、先ほどと同じ様にベッドに浅く腰かけた。
「ヒロトがおれに抱く感情は…、同情だよ」
「同情…」
 リュウジはまたうつむいた。
 同情。おれが彼に抱く感情が?恋愛感情じゃなくて。同情。
「…なんでそう思うんだい?」
「思うんじゃなくて、感じるんだ。分かるんだ…」
 おれがリュウジに触れるとき、話しているとき、抱いているとき。目線、手つき、態度。それらが教えてくれるらしい。
「ヒロトは騙されてるんだよ。自分自身に」
「そう。…じゃあ、おれはどうすればいい?」 リュウジが顔を上げた。
 今まで見たこともないようなまっすぐなのにどこかうつろげな目で、彼は言った。
「おれと別れて」
 彼の声は澄んでいた。それはさっきと違って震えてなんていない。
「リュウジはそれが最善策だと思うの?」
「最善策じゃないよ。それしか選択肢はないんだ。だから最善なんかじゃない」
「…そう」
 君がそれでいいって言うなら、それがいいんだろう。
「わかった」
 振り返ってドアを開ける。
「さようならリュウジ」
「……さよならヒロト」
 彼を振り向くことなくドアを閉める。その場に立ち尽くしていると、すぐに背後の部屋から泣き声が聞こえてきた。
 まるで小さな子供のように、おさえることなく紡ぎ出される泣き声を聞きながら、きっと昨日までの自分ならばすぐに駆けつけたんだろうなと思った。
 でも彼は同情されることがキライらしいから。
 やっぱり恋じゃなかったんだなと、おれは自分自身の部屋に帰った。





end












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2011/04/09 22:17
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