その日は久々の休日だった。
 晴れていて暖かく、サッカーするにはもってこいの天気なのだが、久々の休日くらい、いつもと違うことをしたいものだ。
 チャンスウは、机の奥から本を取り出すと、随分と前に挟んだしおりのページを開いた。
 ベッドに軽く腰掛けて、思わず眠ってしまいたくなるような長閑な日差しを浴びながら、彼は暫く読書に耽っていた。
 今日1日平和に過ごせるだろう、なんて考えが、頭の隅を横切る。
 しかし、まぁ、嵐というものはなんの前触れもなく表れるものだ。
 チャンスウの背後にある扉が、ノックもなしにガチャリと開いた。
 二、三度、ボスンボスンと何かがベッドの上を進んできて、次の瞬間、チャンスウの背中に何かが勢いよくのしかかってきた。
 思わず前のめりになりながら、チャンスウはため息をつく。
 読んでいた本の上に、艶やかな金糸のような髪が一房滑り落ちてきた。
「……人の部屋に入るときはノックくらいしてください」
「えー、別にいいだろう?それにノックなしで君の部屋に入るのなんて、ぼくくらいでしょ?」
 いつものことじゃないかと笑うアフロディに、思わず怒る気が失せてしまった。
「あ、またため息。ため息つくと老けるんだよ?」
「知ってますよ。…というか重いです」
「えへへ、知ってますよ〜」
 なんだかアフロディが一人でも楽しそうなので、チャンスウは本の上の髪を払いのけて、再び読書を始めた。
「あっ、ちょっと!ぼくをほったらかさないでよ」
 それに気づいたアフロディはチャンスウから本を奪いとると、ベッドのうえに投げ捨てる。そこでようやくチャンスウがアフロディを振り向いた。チャンスウが自分を向いてくれたことが嬉しいのか、アフロディは頬を膨らますのをやめて、へにゃりと笑った。
「随分と乱暴じゃないですか?」
「チャンスウが悪いんだよ。恋人をほっといて本なんか読むから」
「そうですか。というか、なんなんですか突然。用件があるなら早く言ってください」
「冷たいなぁ、もう」
 それでもクスクスと楽しそうに笑いながら、アフロディはまたチャンスウの背中に抱きついた。
 チャンスウの部屋を訪問する度に、必ずアフロディは彼の背中に抱きつきたがる。そして、チャンスウもそれに対して何か言ったことはなく、いつも好きにさせていた。
 アフロディがチャンスウの右肩にあごをのせて、ちらりと目だけでチャンスウを見た。
「なんです?」
「ねぇチャンスウ。今日暇?」
「ええ。暇になりましたよ」
 よかった、と笑いながら、アフロディが一冊の雑誌をチャンスウの膝の上にのせて、ぱらぱらとページを開いた。
「ね。これ見てよ」
「いや、あの、この雑誌、女性向けの雑誌じゃないですか」
「そうだよ?」
 ピンクやら黄色やらで目にいたいほどに装飾されたページの中央には、可愛らしい、洒落た雰囲気の喫茶店が特集されていた。
「…このお店が何か?」
「行きたい」
 僅かにチャンスウが目を見開く。
「え?…今日、ですか?」 
「そうだよ。今日」
 店の住所を見るかぎり、そこまで遠くはないだろう。電車で3つくらい先の駅まで行って、そこから徒歩数分だ。
「まぁ…、行けなくはないですが…」
「あと、これ食べたい」
 アフロディの細く白い指がビシッと一つのメニューを指し示す。
 バニラだとか、ストロベリーだとか、色とりどりのアイスのうえにカラフルなフルーツがたくさん乗った、可愛らしいパフェ。しかしチャンスウは、キラキラした字で印刷された文字を見て、怪訝そうな顔をした。
「…これは、」
「ん?」
 アフロディが笑顔で先を促す。
「…字、読めてます?」
「バカにしないでよ!字くらい読めてるよ」
「じゃあ、これ読んでみてくださいよ」
「え?『女性限定』だよ?」
 頭痛がしてきた。チャンスウは思わず自分の眉間に手をやった。
「アフロディ。あなたは男子でしょう」
「当たり前じゃないか。そんなのぼくが一番知ってるよ。…いや、チャンスウの方が知ってるか」
 アフロディがニヤッと口角をつり上げる。
「バカ言わないでください。せめて休み休み言ってください」
「まぁまぁ、落ち着いてよ」
 ニコニコと上機嫌なアフロディは、ぴょんっとベッドから飛び降りると、チャンスウの目の前に立った。彼の姿を確認したチャンスウの目が再び見開かれる。
「なっ…なんて格好して…」
「えへへ、そんなに照れないでよ。ていうか、気づくの遅い」
 ジーンズ地のジャンパーに真っ白の胸元からあるロングスカート。正直に言うと、まさに女の子である。
「ね、この格好してればパフェも食べられるし、チャンスウも喜んでくれるよね?一石二鳥だよ」
「はぁ…」
 本物の女の子顔負けの可愛らしい微笑みを浮かべる恋人に、思わず盛大なため息がこぼれた。ここまで彼が乗り気だとは思わなかった。
 チャンスウはもう一度、ちらりと恋人を見る。
 すると、何を勘違いしたのか、珍しくアフロディが眉尻をシュンと下げた。
「アフロディ…?」
「……もしかして、呆れちゃった?」
 思わず引き寄せて抱きしめたくなるような、アフロディの、珍しく弱気な態度。それでもチャンスウは何もせずに彼を見つめていた。
 それを肯定と受け取ったのか、アフロディがつっと顔を歪めた。
「ごめん。…いつもチャンスウ優しいから、調子に乗っちゃったよ。でも……」
「でも、なんですか?」
 少し強めに先を促すと、アフロディが俯いた。肩の上にあった髪がサラリと落ちる。
「……でもね。チャンスウと普通のデート、してみたかったの……。ごめんね」
 暫く部屋に沈黙が続いた。
 やがて、参ったというようにチャンスウがため息をこぼした。今日1日で自分はどれほど老けただろうか。
「顔を上げてください」
「チャンスウ……?」
 財布と、その雑誌と、必要最低限のものをバックに詰め込むと、チャンスウはいまだにぼんやりしているアフロディを振り返った。
「ぼーっとしてないで早く準備をしてください。急がないと向こうでゆっくりできませんよ?」
「………いいの?」
「いいもなにも、もともと断る気なんてありませんでしたけど」
「え?それどういうこっ、ぅわっ」
 チャンスウに腕を引っ張られ、アフロディが慌てて歩き出した。
 急ぎ足で廊下を歩いていると、アフロディが隣に来て、嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
 1日を読書しながら平和に過ごすより、恋人と出かけた方がよっぽど有意義な休日だと、チャンスウは思った。







おまけ
「晴矢、晴矢」
「なんだよ」
「あの店の中を見てみてくれ」
「?(チラッ」

「わたしが払いますからあなたは黙っててください!」
「ダメ!そんなのチャンスウに悪いよ!ぼ…アタシが払う!」
「あぁちょっと!普通こういうものなんですよ。いいから払わせなさい!」

「風介、風介」
「ん?」
「なにアレ。てか、アフロディ?それとも違う人?え、女??」
「…」
「…」
「…そっとしといてやろう」
「あぁ…」












ため息チャンスウとトメ神カップルでしたー
チェ氏の私服イメージわかん




2011/03/24 11:25
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