※あきお寮住まい
※まだ付き合ってない
※自傷描写有り












 これ以上休むのは流石にマズいという自覚はあった。
 でも、だからといって、今日無理矢理出たりでもしたら、それこそぶっ倒れるかも知れない。今だって脳みそをかき回されているような不快感と、めまいと頭痛が不動の体を苛んでいる。人前で、―――…鬼道の前で倒れるなんて、それだけは回避せねばならない。弱みを見せるのだけは嫌だった。
 不動はポケットから携帯を取り出すと、簡潔な文章で、今日も部活を休むと伝えた。





「おい源田。携帯鳴ってんぞ」
「あぁ。…今日もか」
 辺見に指摘された源田が、慣れた様子でロッカーから取り出した携帯を開く。
 さっと目を通した後、源田が鬼道の方に歩み寄ってきた。
「どうした源田」
「いや、今日も休むそうだ」
「……不動か」
 鬼道は思わず眉根を寄せた。不動は最近よく休む。幽霊部員もいいとこだ。
「理由は頭痛だそうだ」
「…昨日もそうだったな」
 思わず疑わしげな口調で言ってしまい、源田が顔をしかめた。あまり人を疑うのはよせと言いたいのか。
「そういや不動のやつ、授業も休んでるよな」
 ユニフォームに着替えながら、まるで興味の無いような口調で辺見が言った。
 確かにここ最近、部活どころか校内でも不動を見かけなくなった。最後に見たのはいつだったか、意識して思い出して見ると、随分と昔に感じられた。
「ここまで合わねぇと逆に心配になるよなぁ」
「はっ、てめぇは自分のハゲの心配でもしてろや!」
「佐久間!?いつのまに…。…てかハゲじゃねぇし!!」
 先に練習行ってるぞーと、辺見や佐久間達が部室を飛び出して行く。それらを見送ってから後ろを振り返ると、源田が突っ立っていた。
 仲間思いのコイツのことだ。不動が心配なのだろう。
「不動のことだ…。どうせ仮病だろう」
「鬼道…、」
「放っておけ。いずれ来るさ」
「…鬼道!」
 まだ何か言いたそうにしている源田を置いて部室を出ようとすると、今度は強めに名を呼ばれた。思わず立ち止まる。
「…なんだ?」
「色々あったかも知れないが、アイツはおれ達の仲間だ」
「そうだな」
「本当にいいのか?苦しんでるアイツを放っておいて…」
 まるで助けを求めるような必死さで源田が言う。
「そこまで言うなら、見舞いに行けばいい」
「行ったさ。…でもアイツ、顔を出してくれなかった」
 源田はまるで、自分の家族や兄弟が不治の病にでもかかったような、とにかく悔しそうな声を絞り出した。
 源田はきっと、これが不動じゃなくても、佐久間や辺見たちが部活を出なくなったとしても、同じくらいに心配するのだろう。
「…なら、おれも様子を見に行こう」
 源田がハッと顔を上げる。
「本当か!!?」
「あぁ。まぁ、行ったところで顔を出してくれるかどうかは分からないがな」
 まるで自分のことのように、ありがとうを繰り返し、嬉々とした表情を隠しきれない源田に、思わず苦笑がこぼれた。
「部活が終わり次第不動のもとに行く。…とりあえず今は部活に行くぞ源田」
「あぁ!」





 名前を呼ばれた。今一番聞きたくない声に。
「不動、最近部活に来ないが、大丈夫か?」
 そんな不動の気持ちを知ってか知らずか、鬼道は不動の背中に淡々と語りかけた。
 たまたま用事があって部屋を出た不動は、部屋の前を通りかかった鬼道に呼び止められた。
「…源田に連絡したンだけど」
「聞いている」
「じゃあなんでわざわざ…」
「とりあえずこっちを向け不動」
 多分鬼道は怒ってるわけじゃないんだろう。けど、振り返りたくなかった。振り返ったら、心の奥まで見透かされてしまう気がして。
「…不動?」
 不動がなにも言わないことを不審に思ったのか、鬼道が隣に来て顔を覗き込む。
 ふいとそっぽを向けると、少し苛立った鬼道の声が聞こえてきた。
「その反応は少し失礼じゃないか?」
 そりゃあそうだ。わざわざ鬼道がこんな所まで来たのは、きっと、病気で部活を休みがちな、不動の見舞いのため。向こうは心配してくれてるのだ。それなのに無視して、もし鬼道の中に不動の好感度があるとしたら、きっと元々低かったものががた落ちだろう。
「…体の調子はどうだ?」
 そんな不動の様子に諦めたのか、再び鬼道は不動の背中に語り始めた。
 声は出したくなかった。返事なんてしたくない。かすれた弱々しい声しか出ないだろう。正直に言うと、立っているのが精一杯の状態だ。いち早くこの場を抜け出したい。首を振ったらめまいで倒れてしまいそうだ。
 弱みを見せたくない。見せたら握られる。少なくとも不動は、冷静な判断が出来ないほどに焦っていたらしい。ちらりと鬼道を瞥見すると、部屋に向かって歩き出した。失礼とか礼儀とか、もうそんなのどうでも良かった。
 揺れる視界の中、自分のいやに白い手が、部屋のドアノブを掴む。解放される、と思った時だった。
「待て不動!」
 肩をガシッと掴まれて、思いっきり後ろに引かれた。
 ヤバいと思った時には既に遅く、肩を引かれた勢いのまま、不動は強めに尻餅をついていた。
「ってぇ…」
「不動!すまな……、」
 鬼道の謝罪が途切れ、不審に思って鬼道を見上げる。
 薄暗い蛍光灯の明かりを背負った鬼道は、驚愕に目を見開き、不動を見下ろしていた。
 なんだよ、と言いかけて気づく。彼の視線は、不動の左腕に注がれていた。
 つられて自分の左腕を見、そして、鬼道の右手を見る。
 咄嗟に鬼道が、倒れ込んだ不動の腕を掴んだ。その後不動の左腕は鬼道の右手をするりと抜けた。
 ただそれだけなら良かった。でも鬼道の右手には、深緑色のリストバンドが握られていた。それは本来不動の左手首についていたもので、鬼道はリストバンドがあったであろう不動の左手首を凝視していた。
「あ……」
「…これは」
 幾筋にも引かれた細い傷跡。消えかかった古いものから、生々しく残る新しいものまで。
 鬼道の顔から驚きの色が消えた。次いで鬼道の顔は怒りに染まった。
 最悪だ。こんな最悪な事態になるなら、鬼道なんか無視して早く逃げれば良かった。……でもそれができなかったのは――――。
「不動、これは…。自分でやったのか?」
 ゴーグルの向こうの鬼道の目がスッと細められた気がした。自分でもよく分からないくらいに浅く頷く。
 暫くの間、鬼道は黙っていたが、一気に不動との間合いをつめ、不動の左腕をグイッと掴んだ。
「いつっ…!」
「貴様は自分の体をなんだと思っているんだ」
 いつもよりずっと静かで低い声は、隠しきれない怒りを孕んでいた。だけど、不動は、なんで鬼道がここまで怒っているのかわからなかった。
 鬼道の力は強かった。骨がミシミシ言っている気がする。
 不動は何かを言い返す気にもなれず、俯いた。左手の指先がじんじんと痛んだ。





 不動は何も言い返してこなかった。
 彼の青白い肌が、黄みがかった蛍光灯の灯りの下で一層不健康的な色に浮かび上がる。
 不動の腕は冷たい。いや、自分の手が熱いからかもしれない。
 どうしてこんなにも自分は怒っているのだろうか。自分が傷つけられたわけではないのに。この感情はどこか、怒りの奥に妙な喪失感がちらついていた。
 ふと、不動が僅かに顔を上げた。
 彼は何も口には出さなかったが、その目が苦痛と、少しの怯えを訴えていた。
 不動の瞳の中にそれを探し出した時、今まで頭を占めていた意味の分からない怒りが、水をかけられた薪のように熱を失い、重く黒く腹の底に沈んだ気がした。
 不動の細い腕を手放してやると、そこにはくっきりと白く手の痕がついていた。
 暫く不動は自分の腕をさすっていたが、やがてゆっくりと立ち上がると、こちらを見もせずに歩き出した。
「……言っとくけどさ」
 二、三歩ほど歩いたところで不動は立ち止まり、独り言のように呟いた。
「仮病とかじゃねぇから」
 その言葉は真実であろう。最初は疑っていた自分だが、本人を見てすぐに分かった。ただでさえ白かった肌は青白くなり、体も幾分か痩せたようだ。
「……何か悩んでいるなら遠慮なく言え。これでも仲間だ。できる限りで力になろう」
 鬼道が言ったとき、不動の背中がかすかに笑った気がした。自嘲的なそれだった。
「言えるわけねぇじゃん」
 その直後、不動が無声音で呟いた。それを聞き逃さなかったのは、ここが静かだからか、それとも――――。
 バタンと扉が閉まる。
 鍵を閉める音がした。
 自分の手の中に残ったリストバンドを見て、小さくため息をつく。
 本来なら見舞いに来たんだということを思い出しながら、鬼道は扉に背を向けた。





end












長い。
自覚なし(多分)鬼道さんと、自覚しちゃってショックなあきおちゃんでお送りしました。
鬼(→)←不かな?




2011/03/07 21:55
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