※年齢操作で二人暮らし












「ただいまー…、…不動?」
 いつも帰ると不動は玄関まで迎えに来て、お疲れさんと声をかけてくれる。しかしその日、仕事から帰った鬼道に、迎えどころか声一つすらかからなかった。
 若干不安になりながらも、廊下を歩いてリビングの扉の前に立つ。もしかしたら音楽でも聞いていて、帰って来たことに気づいていないだけかも知れない。そう思い、リビングの戸を開けるが、そこには誰もいなかった。
 ふと思い当たって、玄関を振り返ると、靴が二足。自分のものと、不動のもの。出て行ったわけではないようだ。
「…不動?」
 改めてリビングを見回す。台所の電気だけがついていて他の場所は暗く、その唯一明るい台所では、まだ温かい大根の煮物にサランラップがかけられていた。
 はて、彼は何処。鬼道は眉をしかめながら、自分の頬をつるりと撫でた。そして、先ほど入って来た扉とは違う扉を少し開けた。
 のぞき込むと、扉の隙間から射し込む薄い光が、寝室のベッドの上を真っ直ぐに走る。その光の中に、見慣れたジーンズを穿いた、見慣れた脚が見えた。
「ここにいたのか」
 声をかけると、脚がピクリと反応し、もぞもぞ動いた。多分、仰向けになったのだろう。
「どうしたんだ?具合でも悪いのか」
「……、別に、そんなんじゃねェよ」
 口調は多少悪いが、それはいつものことで、怒ってるわけではないらしく、その声は静かで小さなものだった。
 目が慣れてくると、暗闇の中に不動の姿が浮かび上がってきた。彼は右腕を額の上に乗せて、ぼんやりとただ天井を見ていた。
「こんな暗い部屋で、何をしてたんだ」
「別に…、夜景見てた」
 窓に目をやるとカーテンが開いていて、都会のビル群の明かりが、宵闇に幻想のように浮かび上がっていた。
 扉を静かに閉めた後、鬼道は窓の所まで行って、カーテンを半ばまで閉めた。扉の隙間からの光も遮り、窓の外からの光も半減され、先ほどよりも、寝室はずっと暗くなった。
「おれがこの部屋を覗いたとき、お前は夜景に背を向けていたが?」
 鬼道は、ベッドの上にゆっくりと腰掛けた。不動はそんな鬼道をちらりと見たが、返事を返すことはせず、また、鬼道もそれを気にしなかった。
 スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを取り去り首もとを緩めながら、鬼道はひとつため息をついた。
「……どしたの」
「正直、お前がいなくて驚いた」
「あぁ…、」
 いつもなら、バッカじゃねェのと笑いながら言ってくれていたのに、不動はまた、天井にその目を向けてしまった。何かに思い悩んでいるように目を細めているわけではなく、しかし、虚ろと言うにはあまりにも真っ直ぐな目を。
「なぁ、鬼道」
 不動は鬼道に視線を向けることなく続けた。
「もし、今日みたいにおれがいなくてさ…、」
 脱ぎっぱなしの靴もなくて、台所に電気がついてなくて、大根の煮物もなくて。
「…そんで、寝室におれがいなかったら、どうする?」
 不動の口元が自嘲的な笑みに歪んだ。それでも彼は、じっと天井を見つめていた。
 今日の不動はやけに静かだと思う。その視線や態度、そして彼自身がどこか寂しげで、儚げだ。
「…お前がいなくなったら、どこまでも探すだろうな」
「見つかったら?」
「話しを聞かせてもらおう」
「別れたいって、言ったら?」
 鬼道がハッとして不動を振り返る。不動はゆるゆると視線を鬼道に移してから、笑った。
「ばぁか。もしもの話だよ。もちろん、おれは鬼道クンのこと好きだぜ?だからンな変な顔すんなよ」
 で、どうしますか鬼道クン?おれが別れたいって言ったら。しばらく黙っていた鬼道は、渋々といったように、重い口を開いた。
「…お前がそんなに別れたいのなら、おれは強制しない。お前を縛りたくない。苦しませたくない。…何より、お前の枷になり、お前に嫌われるのが一番辛い」
 鬼道が口を閉じると、不動の眉が歪んだ。不機嫌そうに鬼道を睨みつけながら、不動が口を開いた。
「嘘つき」
「……はぁ?」
「本当にそー思ってンなら、マジで出てってやるからな!そんな鬼道なんてキライだ!!」
「ちよっ、ちょっと待て早まるな!」
 ガバリと起き上がり部屋を出て行こうとする不動の腕を掴み、ぐいっと引く。すると彼は、振り払うでもなく、抵抗するでもなく、再びベッドにストンと腰を落とした。
「…なに」
「なにはこっちのセリフだ!…どうしたんだ不動。今日は少しおかしいぞ」
「…鬼道。おれにとっての一番の幸せってなんだと思う?」
 上半身をぐるりとねじ曲げて鬼道を振り返りながら、不動が言う。
「一番の幸せ?」
「そー。おれにとっての一番の幸せってのはなぁ…」
 不動はじりじりと鬼道のそばに寄り、ゆっくりと彼を押し倒した。
「ふどっ…、」
「お前とずっと一緒にいることだ、鬼道」
 不動は触れるだけの口づけを交わしてきた。それを優しく受け止めてやりながら、鬼道は彼の体を強めに抱きしめた。
「…もっかい聞かせて」
 鬼道の胸に頬を押し付けながら、不動がつぶやいた。
「もし、今日みたいにおれがいなくてさ…、脱ぎっぱなしの靴もなくて、台所に電気がついてなくて、大根の煮物もなくて―――。そんで、寝室におれがいなかったら、どうする?」
 不動の髪を優しく梳いてやりながら、鬼道が答える。
「探し出してやる」
「別れたいって言ったら?」
「…そうだな。捕まえて、縛りつけて、二度と誰とも会えないようにしてやろう」
 先ほどとは真逆のことを言ってやると、クスクスと、不動は肩を揺らして笑った。
「怖いねぇ」
「…これがお前の望んだ答えだろう、不動明王」
「ははっ、そりゃあなぁ」
 心底幸せそうに笑いながら、不動が顔を上げた。
「…飯、食おうぜ?」
「あぁ。温めなおさないとな」
 するりと、猫のように腕の中を抜け、不動は扉の向こうへと消えた。
 鬼道はむくりと起きあがると、半分開いていたカーテンを閉め、リビングに向かった。




end












きっと寂しかったんだよ、明王ちゃんは



2011/02/19 18:54
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