鬼←佐久←不 で、鬼道さん出てこない話















 パァンという乾いた音が辺りに響く。それから一呼吸置いて、強い風がグラウンドを吹き抜けた。
 あ、おれ殴られたんだな、ってぼんやり認識しつつも、おれの目は、おれを殴った張本人の、さらさら揺れる長い髪の毛を追っていた。
 振られるってことは分かっていた。いや、絶対に振られるって確信していた。だってコイツ、スキなヤツが他にいるから。
「なんのつもりだ…」
 いつもより低い声で佐久間が呟くように言った。
「……別に、その通りのことだけど」
 佐久間が形のいい眉をすっとひそめた。まぁ、当たり前だろ。キライなヤツに告られたんだ。おれだってそういう顔くらいする。……だけど、そういう顔をされるは、ちょっと、なんか、ヤだ。
「おれはお前が、大嫌いだ」
「…んなこと、知ってる」
「おれは、他の……鬼道のことが、好き、で…」
「…知ってるよ」
「だからッ……」
 佐久間が視線を下に落として、何かを探すように、眼帯に隠されていない方の目を動かす。だから、に続く言葉が、グラウンド上に落ちてるわけじゃない。佐久間は言葉を探しながら、静かな逃げ道を探してるんだ。
 かなり迷惑なんだろうな、なんて。それでも嬉しかった。たった今、この時だけは、佐久間の意識を独り占めしていられるんだから。
「殴ったりして、悪かった…」
 ぽつり、佐久間の言葉は風に乗って、空に溶けた。それでもおれの耳はしっかりと聞き逃さなかった。
「はっ、痛くもねぇよ、あんなの」
 あの頃のおれがよくやってた、からかうような口調をマネしながら言えば、佐久間はすっと顔を上げた。鳩が豆鉄砲喰らったみてぇな顔しやがって。なっさけねぇの。
 しばらくの間あほみたいにこっちを見てた佐久間が、突然ふっと笑った。ちょっと懐かしいと思った。でもコイツ、とうとう頭イカれちまったか?
「不動らしいな」
「あ?」
 どこか吹っ切れたような、どこまでも清々しい顔で、ソイツは空を見上げた。
「なんなんだよ、はっきり言いやがれ」
 そう慌てるな、なんて言われて、腹が立ったから佐久間に向かって砂を蹴り上げる。ははっ、ざまぁみろ。
「けむい…」
「知らねぇよ、自業自得だ」
「……おれ、知ってるんだ。鬼道がおれを見てないって」
「は?」
 寂しげな笑み。そんな顔すんじゃねぇよ、似合わねえ。
「鬼道には好きなやつがいる。多分だけど、わかるんだ。……だって、それでもおれは鬼道が好きで、鬼道のことを目で追ってしまうから」
 ふぅっとため息をつく。少し強い風が、また、佐久間の髪を揺らした。佐久間の目は、もうおれを見ていない。おれに視線を向けながら、きっとまた、あいつのことを思ってるんだ。
「…で?なんだよ」
「………いや、…なんでも無い」
 は?そのままじゃ後味悪ィんだよ。だからなんなんだ、今日の佐久間はキレが悪い。
「自分でも何が言いたかったのか…、よく、わからないんだ」
「あほ」
 はっきりしねぇ罰だ。――スパイクなので、あまり力が入らないように――佐久間の足を蹴ってやった。
「……痛いぞ」
「んなわけあるかよ」
「痛いものは、痛い…」
「…佐久間?」
 気がついたら目の前に、佐久間の旋毛があった。慌てて顔をのぞき込んだせいで泣いてるように見えたけど、ただ、目をつむってるだけだった。
「おい?」
 無視された。正直に言うと、おれはこの状況を快く思っていない。だってコイツがおれを見てないから。そんなの堪らない。どうして目の前にいるおれじゃなくて、今この場にいないアイツのことばかり見ているんだ。
「すげームカつく」
「は?」
 思ったときには体が動いていた。おれはほぼ無意識に、佐久間に触れるだけのキスをしていた。ほんの一瞬だったけど、佐久間の意識をこちらに傾けるには、充分だったらしい。佐久間は、呆然としておれを見ていた。
「………ふっ不動!なんのつも…」
「おれからの応援。ありがたく受け取っとけ」
「は?」
 まだ何かいいたげな佐久間に背を向ける。唇の生々しい感触は忘れられそうにないなと思っていたら、思い出したように殴られた頬が痛くなってきた。
 佐久間の視線を背中に感じ、おれは必死に平常心を取り繕いながら、そっとその場を離れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しっかり考えてからやらないと、ぐちゃぐちゃになる。
 次からは、もっとしっかり考えてから書きましょう。
 鬼道さんの好きな人って……



2011/01/22 07:13
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -