いつだったろう。なけなしの小遣いをポッケに突っ込んで鬼道と一緒にここへ来たのは。
 何駅も何駅も電車を乗り継いで、古い時刻表に振り回されて、ようやくたどり着いた海は風が強くて酷く荒れていた。白い波が灰色の海岸を洗い、遥か上空には一羽の鳥が飛んでいた。カモメだったかも知れない。山も近くにあるからワシとかタカだったかも知れない。どちらにせよ、その時のおれ達は自由に空を飛び回るあの鳥がうらやましかった。
 あの日はすぐに日が暮れた。優しい婆さんが経営している花畑でソフトクリームを買って食べた。今まで食べてきたソフトクリームと何も変わらないただのバニラソフトクリーム。それでも良かった。その時欲しかった物はしっかり手に入った。今、きっとあの花畑があっただろう土地には、延々と黄色い雑草が生い茂っていて何もない。婆さんが笑っていた小さな小屋も、ソフトクリームのスプーンを投げ入れた入れたゴミ箱もすっかり無くなっていた。花は一輪も咲いていなかった。
 今日の海も風が強くて酷く荒れていた。あの日の酷く荒れていた海を見て、鬼道は海が好きだと笑っていた。おれも海は好きだ。誰かさんも言ってたが、海は広くて、他の何もかもがどうでも良くなってしまう。おれ達は海が好きだった。
 夏、海水浴にでも来たいなと鬼道は言っていたが、おれ達が海を訪れるのはあの日以来今日が二回目だった。何年経ってんだよ。そう笑うが鬼道は何も返してくれない。
 二人でここに訪れるのは二回目なのに、おれは一人だった。
 鬼道は何も言わない。おれの好きな言葉を囁いてもくれないし、伸ばした髪に触れてもくれない。きっと、へそを曲げたおれの機嫌を治す術を知ってたのは鬼道だけだ。今後どうするんだろうな、もしおれがまたガキみたいにへそを曲げたら。
 懐に仕舞ってある小さな紙袋を取り出す。鬼道はとんでもなくコンパクトになってしまった。今日日色んな物がコンパクト化してるけど何もお前まで小さくなること無かっただろ。
 鬼道の色は深く理知的で帝国カラーの深緑そのものだった。しかし時に情熱に燃え上がる赤を含む。鬼道は色んな色を持っていた。なのに今の鬼道はくすんだ白一色だ。
 紙袋を額に押し当てる。温かくなんてなかった。いつも頬を包んでくれる鬼道の手は温かくて幸せな温度だった。たまに冷たくなる指先も、さすってやればすぐおれの好きな温度に戻った。なのに紙袋は温かくないし、きっとさすっても好きな温度には戻らない。
 鬼道は白い堅い骨になった。肉体を燃やしたのだから骨が残るのは当たり前だった。おれは、死んだ一人の男が燃やされる直前が一番悲しかった。たくさんたくさん泣いて、流れた涙は海になった。
 愛した男は白くなった。あの皮膚は無くなっていた。おれはあいつの残した白の一部を砕いて、細かく細かく砕いて、紙袋に仕舞い込んだ。抱きしめてくれた強さのない、脆い白だった。
 海岸を歩けば足跡がついて来る。あの日は振り返れば足跡が二人分ついたのに、おかしい。今も二人きりなのに。
 膝下まで白い波が洗う。ザバザバ絶えぬ波の音を聞きながら、おれは紙袋を取り出して逆さまにした。白が風に舞って涙の波に洗われて消えて行く。
 おれは生きようと思った。


思い出はいつも風の彼方へ

 2012/01/07


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