コレの続きで意外と甘い

 鬼道に大事はなかったが、それでも念のためとアイツは3日間練習を休まされた。その3日間はおれにとってなかなか厳しいものだった。久遠には流石に胸に応える声音で小一時間ほど説教され、佐久間には思いっきり殴られた。他のメンバーは直接言葉にはしなくてもおれを遠巻きに避けていた。円堂が唯一、何かあったんじゃないか、鬼道が何か言ったのかとおれを気にかけてはくれたけど、やっぱりその目はどこかうっすらと、諦めに似た色を帯びていた。どうせお前はって、思ってんだろ。関係ねえよお前らには。軽くあしらって避ける。背中をなぞる幾つかの視線。じろじろ見てんなよ、おれが嫌なら佐久間みたいに殴って来いよ。そうされた方が楽だ。
 3日して、鬼道が練習に参加するようになった。みんなよってたかって鬼道に話しかける。大丈夫か、練習無理すんなよ。みんなの温かい言葉を受けて鬼道は微笑む。おれはその様子をグラウンドの端から見ていた。その時は別にどうとも思わなかった。これと言った感情もなくて、本当にぼんやりした心地で鬼道と、鬼道を取り巻くメンバーを眺めていた。だけど、鬼道がキョロキョロ辺りを見回して、ハッとしたようにこちらを見たときはドキッとした。どうしたのか、鬼道はこっちを見つめたまま動かない。なんだよなんだよ。文句があるなら早く言えよあんまこっち見てんなよ頼むから早く、目をそらせ。
 鬼道が、ゆっくりとした動作で手を上げた。まるでおれに呼びかけるように。軽くその手を振りながら、ヤツは「不動!」とおれを呼んだ。
 みんなが一斉にこっちを振り向く。鳥肌が立った。みんな驚いたようにおれを見て、それから鬼道に視線を戻す。ざわめきが起こる。おれは何も反応できずに突っ立っていた。
 メンバーをかき分けて、鬼道がこっちに進んできた。慌てた様子の佐久間が鬼道の肩を掴む。おれは鬼道達に背を向けて足早に逃げ出した。
 背後で鬼道が名前を呼んでいる。待ってくれ不動、話がある。おい鬼道やめろ。離してくれ佐久間、アイツに言わなきゃいけないことがある。
 おれはグラウンドを出た。
 心臓がバクバク言っている。鬼道が追ってきたらどうしよう。おれは宿舎の裏に隠れた。













「やっと、見つけた」
 声がして顔を上げると、汗だくな鬼道が肩で息をしながらこちらを覗き込んでいた。
 鬼道の背後にはオレンジ色の夕焼け空が広がっている。
「…………ねてた」
「らしいな」
 ふうっと鬼道がため息を吐く。ユニフォームで汗を拭って、鬼道はおれの隣に腰を下ろした。
「一日中捜した。お前がどこにいるか全然分からなくて、森の方も行った。まさかここにいるなんてな。随分遠回りしてしまった」
 鬼道は笑った。おれは寝起きの頭でぼんやり思った。なんでコイツ来てんだ。有り得ねえだろ。案外これが夢かもしれねえな、なんて。
「なんで、逃げたんだ?」
 鬼道の声は思いのほか優しい。おれは顔を下げて、鬼道を見ないようにした。
「……怒ってねえの?」
「なんだ、殴られるとでも思ったか」
「…………」
 鬼道が小さく笑ったのがわかる。何が面白い。
「違うんだ不動。おれは、謝りに来たんだ」
 ちらり、鬼道を横目で見る。なんだかいつもより大人びて見える横顔。穏やかな表情で夕焼け空を眺めている。おれと同じでガキなクセに。
 鬼道がこっちを向いた。ゴーグルの奥で煌めく真摯な目。
「悪かった」
「なんでお前謝ってんの」
「おれが、お前を怒らせて、殴らせた」
 痛かっただろうと、右手を握られる。
「…触んなキモい」
「すまないな」
 何に対してのすまないなんだよ。鬼道は手を離さない。
「……不動、1ついいか」
「んだよ」
「お前は、人を殴ったことがあるか?」
 少し首を上げる。ゴーグルなんかしやがって。鬼道からはなんの意図も読めない。
「……ないぜ。…あれが、初めてだった」
「そうか」
 そんな気がしてたんだ。と、鬼道は続ける。
「おれだって殴られた経験など、ほぼ無いに等しい。でも、お前の拳は全力のものじゃなかった、と思う。…お前の力が弱いと言いたいわけじゃないぞ。ただ、そう、一言で言うなら、躊躇」
「躊躇……」
 お前の心の躊躇が、おれをお前の拳から守ってくれたんだ。
「それでもかなり、キいたがな」
 そう鬼道は笑った。おれはあっけにとられてそんな鬼道を見た。なんで笑ってるんだ。躊躇ってなんだよ。鬼道おまえ何がしたいんだ…。
「な、んだよ」
「うん?」
「……なんなんだよ、おかしいヤツ。怒鳴ればいいのに」
「お前だけが悪いのか?」
 鬼道は立ち上がる。立ち上がって伸びをする。おれはソイツの背中をぼんやり眺める。さっきまでの鮮やかなオレンジは無くなって、空には薄い闇が広がっていた。
「じゃあ、おれは先に行く。夕飯には遅れるなよ」
「あっ……」
 思わず声を出してから、少し後悔して、でもこのままじゃ負けっぱなしな気がして。振り返った鬼道の目も見ずに。鬼道みたいに真摯な瞳なんかじゃないけど。
「殴って、悪かった」
 鬼道が笑って、あとでなと言う。ふざけんな大人ぶりやがって。ムカつくヤローだ。でも、胸のつかえが下りたような気分だ。








きえないことば


 2012/08/19


  top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -