靴を履きかけて足を止める。鬼道は振り返り、廊下の奥の、半分だけ開いた扉に目をやった。普段、朝には見ることのない薄汚れたサンダルが玄関に転がっていたからだ。
「………帰ってたのか」
 靴に入れかけたつま先を引き抜いて、鬼道は踵を返し廊下を戻る。目指すは半開きの扉。
 その部屋の主に会うことなぞ滅多にない。一緒に暮らしていてそれはどうかとも思うが、一緒に暮らしていると言うよりも、鬼道が部屋を1つ貸していると言った形に近い。故に、2人の関係は、ほぼ他人に等しい。何か接点があるとすれば、それは過去に共にフィールドを駆けた仲間だと言うことだけ。
 鬼道は大学生で、朝目を覚まし夜には眠るという何の変哲のない日々を送るが、しかし、不動は違った。朝から夜にかけて眠り、鬼道が眠りに就く頃ふらりと姿を消す。ところが最近では、この部屋に帰って来ることすら少なくなった。まさか人に言えないようなことでもしているんだろうか。鬼道は夜中の微かな物音を聞きながら、度々そう思った。
 半開きの扉を少し押して中を覗き見る。そこは驚くほどに暗かった。雨戸が閉まっているのだ。朝や昼間に眠るためだろう。床にはジーンズやティーシャツが幾つか散乱している。机と、何冊かの本と、質素なベッド。そのベッドの上で、不動が布団にくるまって寝息をたてていた。
 机の上の本を一度、勝手にちらりと見た記憶がある。てっきりくだらない雑誌だとかその手のものだと思っていたが実際に手に取るとそれは哲学書だったり、何か分厚い歴史書だったりと、とにかく知識への貪欲さが窺えるような物ばかりで驚かされた。
 静かな部屋に、不動の寝息だけが響いている。ベッドに静かに腰掛けて、彼の寝顔を見やる。顔を見るのはいつぶりだろう。3週間振りくらいかもしれない。
 不動はあまり顔色が良くなかった。青白い肌。少しだけ寄せられた眉根。悪夢でも見ているのだろうか。あまり安らかでない寝顔に、ついこちらの胸がチクリと痛んだ。
 同じ場所に暮らしていながら、自分はあまりにも不動のことを知らない。
 寝ている不動の顔はとても幼く見えた。なんだかんだ言っても、自分だって他から見ればまだまだガキなのかもしれない。そんな思いが頭を過ぎる。
 鬼道は同居人の頬に優しく触れてみた。起きる様子はなく、彼は規則的に寝息を繰り返している。しばらくそんな寝顔を見つめてから、鬼道は腰を上げた。




続きそうな




ソイツの睫毛は長かった



 2012/07/11


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