鬼←不(←佐?)ねじ曲がってる


 不動が自殺を謀ったらしい。
 佐久間から連絡を受けた日の夜、おれは彼のいる病院へと向かった。
 薄暗いロビーに行くと、佐久間がソファに腰掛けてうなだれているのが見えた。おれは少し躊躇った後、彼の肩を叩いた。
「……返信がないから、来ないかと思った」
 佐久間は疲れた顔に嘲笑を浮かべて、ゆっくりと振り向いた。久しぶりに誰かから本気の不快感を向けられて、背筋がすっと冷たくなった。佐久間の目は明らかな侮蔑の感情を浮かべている。
 笑みを消した佐久間は、しばらく冷たい目でこちらを睨んでいたが、やがて詰めていた息を長く吐き出すと、諦めたかのように顔を前に向けた。
「216号室。睡眠薬で死のうとしたらしい。3時間くらい前に目覚めたから、今も多分起きてる」
 わかった、とだけ伝えて、重い心持ちでエレベーターに乗り込む。それまでの間ずっと、佐久間の視線を背中に感じていた。






 病室は思いの外明るく、入ると一瞬目が眩んだ。後ろ手にドアを閉めて部屋の奥に配置された白いベッドに歩み寄る。中途半端に閉められたカーテンの仕切りの向こうから、掠れてはいるものの、しゃんとした声がかけられた。
「来ちまったのかよ」
 ベッドのわきに立つ。不動はいつもより白い顔をしていた。
「随分、馬鹿な真似をしたらしいな」
 我ながら、冷たいと思う。それ程までに非情な声が出た。それに対して、不動は自嘲気味に笑って「おれもそう思うね」と返した。それから、「お前はひどい」とも言った。自覚は、ある。
「鬼道と次に会えるのは、葬式のはずだったんだ。もちろん、おれの…。なのに、なんで生きてるかな」
 佐久間もひどいよなと、不動は譫言のように呟いた。きっと、緩やかに死の坂を下っていく不動を見つけて、助けてしまったのは佐久間なのだろう。
「本気で死にたいなら、もっと確実な方法があっただろう。飛び降りだとか、首吊り、他にも、色々」
 おれの言葉を聞きながら不動はしばらく天井を見つめていたが、やがて眉を顰めて、「やだな」と言った。
「は?」
「やっぱり、ダメだ。おれ、こうすれば鬼道が来てくれるって知ってて。…佐久間には、悪いことした」
「あぁ。佐久間は心配しただろうな。さっきロビーで会った。怖い顔をしていたぞ」
「……き、どうは…?」
 不動がこちらを見上げた。ここに来て初めて目が合う。一瞬にして、まるで血の通ってないような白い肌に、さっと血が通るのが見て取れた。
「なにがだ?」
「鬼道は、心配したかよ。……おれが、死のうとしたって、きいて」
 不動はいつもそうだ。好意を寄せているおれと接するとき。そしてその話題がもっとも敏感なところに触れるとき。不動は必ず緊張した面もちで、声を震わせる。その反応はいつ見ても、嫌なものであった。気味が悪いものだ。
「とんでもない迷惑だ、と思った」
 おれはすぐに言い捨てた。
「貴様の遺書におれの事をかかれたらたまらないからな。その上おれを呼び出すために芝居をしているというのならば不愉快極まりないが、貴様のいない世の中を頭に思い浮かべては安堵を覚えたりした。ただ、」
 そこまでまくし立てて、一息つく。不動は悲しむようなこともなく、ただこちらをじっと見つめている。
「――ただ、貴様をなんてことない過去のチームメートの一員だと考えるなら、少し心配はした」
 そう言った途端、今までこれと言った表情のなかった不動の顔がくしゃりと歪められた。今にも泣き出しそうな、情けない顔。
 あぁコイツまた自殺するんじゃないか。おれの予感は当たりそうだ。





寂しいヒト

 2012/05/26


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