鬼道は帰ってくると、ただいまも言わずお帰りも聞かず、おれの腕をガシッと掴んで寝室に引きずり込んだ。無言でベッドに押し倒されて、おれは漸く我に帰る。いやいやいや、いくらなんでもがっつき過ぎだろ!
「お、おい!! 何勝手に盛ってんだよ!」
「……」
「ちょっ、鬼道…?」
 俺が怒鳴ろうが暴れようが鬼道は何も言わない。何も言わず、おれのティーシャツの裾を捲り上げて手を突っ込んできた。おいおいコイツまじかよ……!!
 鬼道の熱い手のひらが、腹とか胸の上を、そういう意味を持って這い回る。これには流石のおれも慌てた。てかなんでコイツ喋んねえんだよ。怒ってんのか? おれなんかしたか? 全然思い浮かばねえし。あ、ヤバい気持ちぃ。
 慣れた手の与える快楽に、もう流されようかなって思いが一瞬脳裏を駆け抜けた。けど、目を開けて、薄暗い中でぼんやりと浮かぶ鬼道の表情を見て、思う。あ、なんか苦しそう。まー、鬼道らしいぜ。ったく、人にこういうことすんならもっと覚悟決めてきやがれ。いくら流されやすいおれでも、そんな泣きそうな顔して襲われたらノリ気になんてなれやしねぇ。
 おれは右手で鬼道の手首を掴んだ。ピタリと止まる手のひらの動き。気がついたみたいに、鬼道が微かに眉を持ち上げて目を向けた。やっぱりちょっと泣きそうなその目をじっと見つめながら、手首を掴んだ手の指をゆっくりと、鬼道の指に絡ませた。
「どうしたんだよ」
 冷静を努めて問うと、鬼道が小さく息を飲むのがわかった。いくら1人の男と言えど鬼道はとても弱虫だから、このおれを無言で襲うなんて相当のことがあったんだろう。反応からしてビンゴ。鬼道のお得意ポーカーフェイスは、嘘の得意なおれの前じゃバレバレだ。ま、そこが可愛んだけど。
「何か、あったんじゃねぇの? 顔に出てるよ。ま、お前が何考えてるかまでは、言ってくれなきゃ伝わんねぇけどな」
 鬼道が眉根を寄せて、口をキッと真一文字に結んだ。それから躊躇するかのように口を開けたり閉じたり(なんか可愛い)していたが、やがて意を決したかのように一つ呼吸して、こう言った。
「ふっ、不動!! 貴様が、あんな…、あんな…、う、浮気なんか、するから…っ!!」
「………………は?」
「とぼけて素知らぬ振りか貴様!! おれはちゃんと見たぞ!! 全く、あんな気色の悪いハゲオヤジの何が良いと言うんだ、気が知れん!!」
「ちょっ、ちょちょ、おい鬼道何言ってんだよ!! わけわかんね」
 ベッドに引き倒されていた体をずり上げながら、おれはいつもの鬼道みたいに眉根を寄せて考え込んだ。怒ってるはずなのに、不安げにこちらの様子を窺ってる鬼道をぼんやり見つめながら。てか、鬼道の口から気色の悪いハゲオヤジってウケるわ。ん、ハゲオヤジ…? ハゲオヤジ…………あ。
「ハゲッ副店長!!!」
「ふ、副店長??」
「あーハイハイ、なるほど! わかったわかった、副店長だわ!!」
「ふくて……はぁ?」
 1人頷き笑うおれの目の前で、鬼道がぽかんとしている。
「な、なんだ貴様、バイト先の副店長が浮気相手か!?」
「は? いやだからちげぇって。ただな、今日バイト辞めますって言ったらやたらしつこく言い寄られたんだよ。多少体とか触られてマジキメエってなったけどな。ま、このとーりおれは無傷ですよ」
 パチパチと鬼道がまばたきする。なんだそれって顔してる。
「……ホ、ホントか?」
「おお。てか何、見てたのか?」
「う、裏口から…、ガッツリ……」
「裏口からガッツリ!? マジかよふざけんなあのクソジジィ!! つーかなんで裏口にお前がいるんだよ」
「あ、バイトを邪魔するつもりはなかったぞ!? ただ、たまたま近くまで来たから、横顔だけでも見れたらなぁと……、すまん」
 鬼道は小さくなって俯いた。なかなかこんなことも珍しいし、責めたり不安になったり謝ったりしてころころ変わる表情もまた可愛い。
「あー、なんだよそんなことかよ」
「そんなことって……!! お、おれは不安になったぞ!!」
「そんなん鬼道の勝手だろ? 勝手におれのこと疑ってたんじゃねぇか。うーわ、信用されてねぇなぁ」
「くっ……」
 鬼道は詰まった。よく考えてみれば、勝手にバイト先覗きに来て、勝手に勘違いして、挙げ句の果てに襲うなんて、とんでもない話しだ。まぁ許すけど。いじわるだとわかっていて鬼道をちょっと責めてみるが、言い返せなくなって小さくなる鬼道を見て、止めた。可哀相だし。それにこれって、
「おれ、愛されてるねぇ」
「は?」
「疑われたのはちょっと癪だけどよぉ、鬼道がそうやって独占して焼き餅焼いてくれんの、結構嬉しいんだぜ? おれ」
 また鬼道が目を丸くしている。目も口も開けてなっさけねえ顔。
 その頬をつるりと撫でて、鬼道の体の下に潜り込む。笑いかけると、鬼道も同じように笑って顔を近づけてきた。






長い


ジェラシーが示す

 2012/05/03


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