小鳥遊は何かうまくないことがあるとペンを回す。おれはそれだけ知っている。
「別れた」
 眉間に微かな皺を寄せて、洒落たアイスティーを一口飲み込んでから、小鳥遊はそう言い捨てた。なんとなく機嫌が悪かったから、言うか言うかと思っていたが、やっぱり小鳥遊は言った。
「あっそ」
 平静を努めて返す。至って冷淡な返事を装いつつも、内心は妙に落ち着かない。ちらりと横を盗み見れば、派手に彩られた爪が参考書の上を行ったり来たりしていた。
「なんで、」
「アンタに関係ない」
 小鳥遊は不機嫌そうに言った。
 参考書に零れ落ちた水滴を煩わしそうに拭き取る横顔は眉間に皺が寄っていておっかない。こういう時は何をしでかすかわかんないから触らぬ神に祟り無しでとっとと逃げ出したいもんだけど、そんなんなおさら後が怖い。
 小鳥遊が鼻を啜ったらしい音がして、おれはやっぱり内心慌てた。それで恐る恐る小鳥遊を見ると、どうやらただの鼻風邪らしい。おれは内心でホッと息をつく。
「……風邪かよ。お前踏んだり蹴ったりだな」
「知らないわよ。喋んなハゲ」
 喋るなと言われて大人しく黙っていたら今度は「キモい」と言われた。最近小鳥遊のもののみ、暴言の受け流し方を習得した。佐久間とかはダメだけど。殴り合いになるけど。
「はぁ、もー。最悪。あんなクズ男、別に本気じゃなかったし。ムカつく。蹴り飛ばしてやれば良かった、もう」
 小鳥遊は次から次へと誰かの悪口を垂れ流した。おれは今度は安心した。小鳥遊はそれでいい。我の強いガサツ女なくらいがいい。
 小鳥遊は派手な爪をキラキラさせながら赤のボールペンをくるくる回す。おれは閉じっぱなしな参考書の上のコーラを一口飲み込んだ。


ヒヤリハット

 2012/01/27


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