このままで。

Always been this way.

キリハラさんより

とある朝。
朝食を終えてからしばらくソファでくつろいでいると、席を外していた花京院がいつの間にか着替えている事に気付いた。
「出掛けるのか」
「ああ」
承太郎の横に立ち、何かを待っている様に花京院は二ュース番組を眺めている。
彼が出掛けるなら昼食は簡単に済ますか。などと考えながら、承太郎もテレビを眺めた。内容は今人気がある女優の結婚の話題だ。
『〇〇氏との結婚のご予定は?』
有名なリポーターが女優に詰め寄っている。よく見る光景だ。
「花京院氏の今日のご予定は?」
何となくふざけて真似てみる。真似たと言っても言葉だけだが、予定も無く暇なので、相手がいる内にと思い付いた事だ。全く意味は無い。
『ふふ、結婚ですかァ〜?』
「ふふ、今日ですかァ〜?」
それに花京院も乗って真似をする。もう若くも無いのに悪乗りばかり上手くなるものだ。
『彼の返事待ちですかね〜』
「承太郎の準備待ちですかね〜」
「…は?」
悪乗りに乗せて笑う相手に、暇だと思った一日の予定を組まれていた。

………

「映画でも観ようか」
――確か今日は映画が安い日だ。
ハンドルを切りながらそう一人ごちる花京院は、予定内容自体は決めていなかった様だ。信号待ちの間に、何か観たいのやってたらいーね。だとか、時間が丁度良いと嬉しいなァ。などと呟いていた。

映画館と言うのはやたら雰囲気がある。今流行のシネマ・コンプレックス…通称シネコンと呼ばれるスクリーンが多数存在する映画館は特にそうだ。出入口から薄暗く、ポップコーンのバターとシナモン味のチュロスの匂いが充満し、天井にある大画面で流れている音声の無い予告編を眺めていると『映画館に来たんだな』と思わされる。この独特の雰囲気が承太郎は嫌いでは無かった。

「何観る?」
二人してそろそろ天井にある大画面を見るのは首が辛くなってきた。予告編にいくつか観たいと思うのがあるなんてのはざらだから、つい長いこと眺めてしまう。
「眠くならねぇ奴」
「了解、」
花京院が一人でチケット売り場に行く。その間に大画面からやっと首を解放した。何回か左右に回し、首筋をさする。そうしてる内に数メートル先にいるポップコーン売りの店員の一人と目が合った。何かをもう一人の店員とくっちゃべっている。どーでもいいが。

「お待たせ」
花京院が二枚のチケットをヒラつかせながら戻って来た。
「次三時だって」
今は昼になったばかりだから、随分暇だ。
「お昼食べようか」
財布にチケットをしまいながら、花京院が歩き出す。勿論昼食も何を食べるのかは決まっていないが、二人は取り敢えずその場を後にした。

………

ここしか空いて無かったとは言え、男二人でテラスの一番目立つど真ん中の席に座るのは、もう少し若ければ気が引けただろう。だがどこにいたって承太郎といれば目立つ。そしてここのイタリアンが食べたいという欲の方が勝ったので、それに素直に従った。

「またそれかよ」
注文してから承太郎が一言口を出した。どうやら前来た時も同じのものを頼んだらしいが、花京院自身は覚えていなかった。
そう口出しした承太郎も、ここに来る度数種類の料理の中からローテーションで一つ選んでいる事を花京院は気付いていた。が、
「好きなんだ」
言われるがまま笑って誤魔化した。言ったら『帽子のつばを下げ、溜め息を吐かれる』だろう。しかし、その大好きな所作を拝むのは車の中まで我慢しようと思ったのだ。今は『独り占め』出来ないし、何より『空腹』だ。待っている事だけに体力を使いたかった。

「承太郎、デザートいるかい?」
「いや…」
「あ、これチェリーのってるんだーーー」
「家でやれ」

………

いくら安いとは言え、平日の昼間の映画館は空いている。承太郎たちを除けば、一人で観に来ているのが数人と、男子三人グループとカップルが一組づついるだけだ。
いつも思うが、承太郎の図体では座席はとても窮屈そうだ。あまつさえ行儀悪く座るものだから、流行っている映画…つまり『前に誰か座りそうな映画』は、映画館では観ないことにしている。
そして二人がいつも座るのは真ん中の一番後ろの席だ。皆中央や前には行くが、わざわざ後ろにまで来ないらしい。今回も二人が最後尾で孤立している。

よくドラマや何かで映画館で映画を観ながらあんな事やこんな事になるシーンがあるが、未だに実現したことは無い。花京院の映画チョイスが上手過ぎるのだ。
いつも承太郎は『眠くならねぇ奴』だとか『女がやかましくない奴』と一言注文するだけなのだが、その時やっているもので一番面白いであろうものをチョイスしてしまうが為に『目が離せない』のだ。…今回もどうやらそうらしい。
そして花京院は毎回思うのだ。『今度こそつまらない映画を選ぼう』と。


「この監督知ってるぜ」
助手席でパンフレットに目を通す承太郎が声を上げた。どうやら今日観た映画は、二人が共通して知っている監督が作ったものらしい。信号待ちの間に花京院が覗き込み、名前を確認する。
「へー、あの監督あんなのも作るんだ。有名なのしか知らなかった」
夕方になり、これから帰宅しようかと考えていた二人の考えは、道すがらのレンタルビテオ店に行くというものに変更された。

「え、ウソだろォ…」
店の駐車場を見た花京院が眉根を寄せる。
「まいったな…」
駐車場の混み具合が、その店に月末になると訪れる『ある三日間』の一日である事を知らせていた。
「今日レンタル百円の日か…」

………

それでもどうにか観たいと思っていたものは確保出来た。だがこの大盛況の所為でカゴが無く、花京院が十数枚に重なったDVDを全部持つハメになっているが。
そしてこの後二人は『レンタル百円デー』の洗礼を受ける。
「……」
「……」
店に入った時点では中古CD売り場までだったレジ待ちの列が、新作映画コーナーまで伸びており、絶句した。そんなに吟味したつもりは無いが、ほんの三十分かそこらで十メートル以上とは。レンタル百円の日をナメていた。
「…もう並んどけ。後は俺だけで探す」
「あ、うん」
これは待ち時間が長いと見た承太郎は、花京院を列に残し棚と人の波に消えた。
「………」
そんな承太郎と今生の別れの様に感じたのは、洗礼に立ち向かうのが結局自分だけかと落胆したからだろう。


今自分が持ってるの、何借りたっけ?
映画は何本?海外ドラマは何を何巻?
そんな事を考えながら、列をぼんやり眺める。横にある中古CDを手に取りたいが、それも叶わないので暇つぶしがそれくらいしか無いのだ。
だがやっと棚から姿を現した承太郎が目に映れば、そんな事はどうでも良くなった。
『あ、』
だが承太郎が花京院の所に辿り着くまで数メートルの所でハプニングが起きた。
「きゃあッ!」
散らばるレンタル商品とカゴ。と、尻餅をつく女の子。
「いっ、たァァ〜いッ、」
そばの棚から出て来た女の子と承太郎がぶつかったのだ。…いや、正しくは女の子が『ぶつかってきた』のだ。
そういえば店に入って来てから三人組の女の子グループがチラチラこちらを見ていた様に思うが、こんなにもアクティブな『肉食系』だとは。案外なアクシデントに少し周りがざわつくが、多忙な店員は気付いていない様だ。
「ごめんなさァい!私ぼんやりしてて〜」
「もうトモコってばァ〜」
「あんたってホントドジなんだからァ〜ごめんなさ、い…、え」
だがそんな女の子達が猛アピールする間に、承太郎はばらまいてしまったレンタル商品をカゴにきっちり入れ直し、女の子の一人に持たせた。
「ありがとう…ございます…」
その間承太郎は何も喋らなかったが、三人は完全に虜だ。
『マズいッ』
そして周りの注目を集めた承太郎が行き着き、話し掛けるのは、
「車のキーは?」
花京院だ。
「え、コートの右ポケットだけど、おっと」
追加の海外ドラマを数枚置かれ、今まで感じていた重さが変わる。
「てめぇはそれを大事に持ってろ。このまま動くな」
「え、このままで…なッ!」
DVDで手が塞がる花京院のコートのポケットを承太郎が無遠慮にまさぐる。完全に周囲の目がこちらに向いているが、変な目で見られてはいやしないだろうか。そう思うのは近付いてきた承太郎に邪な念を抱いた花京院だけである。
承太郎が車のキーを取り出し、そのまま何も言わず店を出た。この何とも言えない空気に一人、置いて行かれたのだ。
「………」
居辛いと思いながらも、大人しくレジの順番を待つ。ちらと横目で見たさっきの女の子達はまだポーッとした顔だったので、一言『ごめんね、ケガはないかい?』と心配しておいた。


「全く、君は本当に女性の扱いを知らないな」
「てめーに言われたくねーな」


車はやっと家路を辿る。
だがまだ二人の金曜日は、レンタルした映画やドラマを何本か観るまでは終わらないだろう。
「夕飯何がいい?君の意見を聞こうッ!」
「…映画にはピザだろ」
「うん…一理あるッ」



良い週末を
【恋人達の金曜日】




相互してくださったキリハラさんから、素敵な花承をいただきました!
平和でゆるゆる、戦いのないのんびりな花承をリクエストさせていただきました
この、実に平和で癒される花承、なんと読んでいて幸せになれることか!
本当にありがとうございました!

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