このままで。

Always been this way.

手の届く先に

(…もう…動けない)

ふわりと、花京院の頬を夜風が撫でる。
透き通っている風は柔らかなはずなのに、冷たくて、どこかもの悲しい。
その風に乗って運ばれていくように、薄れる意識と、失われていく命。
このまま、水面を漂うひとひらの花弁のように、自分も遠くへと消えていきそうだ。

視界には仲間の姿はない。
時計塔の針を撃ち抜いたメッセージは、ジョセフに届いただろうか。
ポルナレフは、承太郎と合流出来ただろうか。

(承太郎…)

死の間際であることを体が分かっているせいなのか、ふと、頭をよぎったのは彼のこと。



その時花京院は、承太郎を一心に見つめていた。

「…、おい、大丈夫か花京院」
「…あ、ごめん。大丈夫だよ、」

DIOの部下たちの襲撃に備え会議を行う、ホテルのジョセフの部屋。
話の内容はうろ覚えだった。

「疲れてるなら早く寝ろよー」
「ポルナレフの言う通りじゃ。決戦は近いだろう、無理はするな」
「じゃあ、お言葉に甘えて。先に部屋に行ってますね」

DIOに近付いていることを仲間たちは分かっていた。
今この時すら緊張の色が隠せていない、そんな時に。
一体、僕はどうしたって言うんだ。
部屋に戻り、そのままベッドに倒れ込んだ。

僕は、承太郎のことが好きだ。
それはきっと旅においては邪魔なものになるのだと思った。
この想いが承太郎を傷付けることになりかねないし、何よりDIOを倒すことを目的としたこの旅には必要なかった。
諦めることはしなかったが、せめてこの戦いが終わるまでは言うまいと決めた。

決心というものは、些細なことすらも幸福と思わせてくれることを花京院は知った。
狭い車で肩がぶつかる時も。
食事のテーブルで、向かいに座る彼を見る時も。
寝付けなくて、隣で眠る彼を見る時も。
それだけで、十分だった。
自然と笑みがこぼれるほどに。

今になって、決意は揺らぎ始めた。
どうしようもなく、承太郎がいとおしい。
この気持ちを、伝えられないままに終わりを迎えようとしているような。
それはまるで、彼との別れを予感しているかのようだった。
そんな自分の考えに怯えた。
次第に抑えられなくなる焦りや不安に、気付かないふりはできなかった。
そのせいか、前のように笑えなくなった。
それでも平気だと言い聞かせていたのは、プライドだったのだと思う。

(もう、言ってしまってもいいんじゃあないか?)

横になったまま、この答えに辿り着いて何度目だろう。
聞き慣れた靴音が、覚えてしまったテンポに乗せて近付いてきた。
それはちょうどこの部屋の入り口で止まり、次に扉をノックする音がした。

「花京院、入るぞ」

僕の名を呼ぶ、その声。
胸が高鳴るのがわかった。

「うん」

静かに扉が開けられる。
逆光による黒いシルエットの中でも輝いている、深緑を携えた瞳。
その色に強く、惹かれる。
瞬間、部屋に照明が灯り、花京院は目を細めた。
入り口のすぐ横にあるスイッチを点けたのは承太郎。
そういえば、部屋の灯りを点けていなかった。

「じじいたちが、お前の様子を見て来いってうるさかったんでな。…で、大丈夫なのか?」
「うん、やっぱり、疲れてたんだと思う」
「…そうか。なら、そのまま早く寝ちまいな」

気遣いと、短くても言葉を交わせたのとが嬉しくて、花京院は微笑んだ。
大丈夫だということを、承太郎に伝える意も込めて。
それを見た承太郎も、気のせいか微笑んだように見えた。

(安心してくれたのかな…)

花京院がそう思うのと同時に、照明が消えた。
承太郎は部屋を出ようとしていた。

「あ…ちょっと…」
「…?」

承太郎が足を止める。

待って、部屋が暗くて、君の顔がよく見えないんだ。
それに、もう少し話そうよ、そうしたら、聞いてほしいんだ。
僕は、君が、…。

心の中で叫んだだけで、そこから出てくることは無かった。

「…ごめん、なんでもない。先に寝るよ」
「無理はするなよ。…おやすみ」

最後に掛けてくれた言葉は、すごく、温かかった。
同時に、承太郎が、とても遠いように感じた。
それが、わけもなく悲しかった。



意識は今に引き戻される。
命が、終焉を迎えようとしていた。
体は痛みすら感じていない。
胸に空いた穴よりも、血が流れ出るよりも。
もっと、ずっと、苦しい、この想い。

承太郎…君に、会いたい。

「…京院!」

…承太郎…?

「花京院!」

…良かった、最後に、君の声が聞けた。
こっちに近付いてるのかな。
もう、視界は霞んでいる。

嘘だろ、花京院。
見えてるだろ、お前のとこに向かっているのが。
聞こえてるだろ、お前の名前を叫んでいるのが。
待ってくれ。
あと数歩で、手を伸ばせば、届きそうなところに来てるじゃあねえかよ。
…おれは、お前を助けてやれねえのか?
答えてくれ、花京院。

違うよ。
僕はもうとっくに、君に救われてるんだ。
…承太郎。
最後くらい、笑顔で別れたいよ。
でも、声に出して伝えられないなあ。
霞む視界の中でもわかる、君の涙を拭わせてほしい。
でも、手を伸ばしても、君の頬まで届かないなあ。

力無く差し伸ばたその手を、承太郎が掴んだ。
その時、柔らかな笑顔を浮かべ、僅かに花京院の唇が動いた。
声は無かった。

最後まで、言えなかった。
君に、好きだと伝えたかった。

…僕の想いは、間違ってた?

二人の間を風が吹き抜け、静かに花京院は目を閉じた。
涙が、その頬を伝った。

「━━━!」

時を止めることが出来ても。
時を戻すことは出来ない。
嫌だ。
お前が、戻らないなんて。

承太郎は花京院の体を強く、抱き締めた。
温もりを失ったその腕で、抱き締め返されることはなかった。




テーマは「届きそうな距離」
話のイメージはステレオポニーの「ヒトヒラのハナビラ」から
絶対に二人にはこんな終わり方はしないでほしい
暗くて救われない話って苦手です

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -