日常 | ナノ
83日目(金曜日)

今日は朝一で沖田が来店してきた。店の入り口で佇んで、俯いたまま微動だにしない彼は昨日の幸せオーラが嘘みたいにどんよりしていた。このあと何かあるかもしれないし、一応今日の一件は詳しく書いておこう。

とりあえず「いらっしゃいませ」と声をかけてみると沖田は弾かれたように「…っ、おまえ、なんで…」と顔を上げた。ひどく驚いた表情を浮かべる沖田の頬には殴られたような痕があって思わず凝視してしまった。よく見たらあちこち傷まみれだし、いつも悪い方向でキラキラしている目も霞んでいる。きょろきょろと店内を見回す沖田は自分が今どうしてここにいるかすら理解してないぐらいぼーっとしているみたいだった。

「…くそ」とほんの小さく呟いて片手で顔を覆う沖田。あまりにも余裕のない姿に驚くのと同時にかなり戸惑う。何もできず、何も言えないまま時間だけが過ぎていく。何かあったのは間違いないけれど、私たちはそれを気軽に尋ねてしまえるほどの仲じゃない。

「邪魔したな」とふらふらしながらお店を出て行く沖田。その背中を見送っていると、ふと地面に落ちている一滴の血痕が目に入った。それを見てようやく我に返る。理由は聞けなくても治療くらいはしないとさすがに後味が悪すぎる。慌てて沖田を追いかけて、その腕を思いきり掴んだ。そのとき「ちょっと…顔貸してくれませんか…」と言ったのだけど、今思えばその台詞が昨日の沖田の言葉と近すぎて大分複雑な心境だ。

沖田を店内に連れ帰ると中島くんが「どういう状況!?うわ、血ィ!?」とおろおろしながらも椅子を用意してくれた。中島くんに接客をお願いして、呆けている沖田の前に消毒液やら絆創膏やらガーゼやらを置いていく。躊躇いなく封を切る私に「商品じゃねーのか」と至極まともなことを言う沖田。それを聞いて、ああやっぱりこの人、相当弱ってるんだなと思った。我ながら失礼すぎる。

そのあとは「何するつもりでィ」「治療です」「ンなのいい。舐めときゃ治る」「顔面を舐めるんですか!?」「物の例えでさァ。急いでるって言ってんだろ」「そうですか。すぐ終わります」と、こんなようなやり取りをしながら痛々しい傷を保護していった。沖田は不満そうな顔をしていたけどやがて諦めたのか小さくため息を吐いた。「友達ごっこなんざ、いつまでもやってられっかよ」とぼやく沖田に自分から始めておいて何を言ってんだと思ったがそれはグッと飲み込んだ私を褒めて欲しい。「どいつもこいつも、勝手すぎらァ……」続けて放たれたその言葉の矛先は私以外の誰かに向いている気がした。

それから急にレジが混んできてしまったので、沖田に治療が終わったことだけ伝えて慌ててレジに入った。落ち着いた頃にはもちろん沖田はいなかったけど、客席には律儀にお金が置いてあって今日一番驚いた。いくらなんでも弱りすぎじゃないか。私の知ってる沖田は施しを受けておいて、鼻で笑って仇で返すような人だ。

うーん、もやもやする。親しくはないけど知ってる人がいつもと違うと、こっちの調子まで狂ってしまう。まあ、私があれこれ考えても仕方ないか。明日も仕事だし寝よう。




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