日常 | ナノ
59日目(火曜日)

私の記憶力は相当衰えているようで、3日前に自らした約束を完全に忘れてしまっていた。オシャレな着物のお兄さんに、誕生日プレゼントを用意すると言ったじゃないか。しかも時間指定までして。あのときは神楽ちゃんのことで頭がいっぱいでそれが何時だったのかも全く覚えていなかった。夕方くらいだったような。ぼんやりした記憶しかない。結論から言えばプレゼントはちゃんと渡せたのだけど、完全に忘れていたことに気がついた瞬間は肝が冷えた。戒めとして、日記に書いておく。

まず気がついた時点で既に昼過ぎだった。珍しく2日連続で仕事が休みだったのが不幸中の幸いで、すぐにプレゼントを買いにかぶき町に繰り出す。念のため河川敷に寄って、「今プレゼント買ってます。遅れたらスミマセン」というメモ書きを石に挟んで置いておいた。あ、やべ。今思えばこれ回収してないな。明日回収しにいこう。

何を買えばいいのかよくわからなかったのでテキトーにかぶき町を巡っていたら、万事屋の隣に新しい花屋ができているのを見つけた。誕生日といえば無難に花だよなと思って入ってみると大分強面の天人が経営してるお店だった。どうやら私は初めての客らしくて逆にこっちが恐縮してしまうくらい感謝されてしまった。店主の名はヘドロというらしい。漢字も教えてもらったが難しくて書けそうにない。

ヘドロさんに誕生日の人に贈る花をくださいと伝えると「ちょうどいいのがありますよ」と見繕ってくれた。誕生日を伝えると「ではこれも入れておきますね」と見たことのない花を付け足してくれた。出来上がった小ぶりな花束を受け取ってお金を支払おうとしたのだが、提示された金額が安すぎて「え?」と聞き返すと、ヘドロさんは「初めてのお客様ですから」と微笑んだ。素敵すぎて常連になってしまいそうだ。

頂いた花束を持って河川敷に向かってる途中で偶然薬屋の前を通りがかると包帯が安売りしていた。そういやあの人いつも片目に包帯巻いてるな。消耗品だしあっても困らないだろうと思ってそれもついでに買っておいた。渡したら笑われたので今は後悔している。

それらを持って河川敷に戻ると、既にお兄さんはそこにきていて優雅に煙管を蒸していた。その姿を遠くで見ながら、この人河川敷全然似合わないな思った。気配に敏感なのか私が声をかける前に振り向かないまま「待ち合わせにはちと早いんじゃねェのか」と喉奥で笑うお兄さん。指定時間を覚えていないとは言えず曖昧な返事をして強引に本題に移る。「誕生日おめでとうございました」と花束を渡すと「ここらの花じゃねーな」と少しだけ目を丸くするお兄さん。「普通の花屋で買ったんですけど…経営してるのがここの人じゃなかったからでしょうかね」と返すとそれだけの情報でどこの花屋かわかったのか「ああ…びきに(?)のやってる店か…」と呟いた。びきにってなに?水着?ヘドロさんビキニなんて着てなかったけど…とは流石に言えなかった。

ふざけたことを言ってる割に、お兄さんは大真面目な顔をしていたから、もしかしたら私が聞き間違いをしているのかもしれない。詳しくないからわからないが天人の種類のことを言っていたのかもしれない。びきにではなくだきにだったかもしれない。それ以外だったかもしれない。

リアクションに困っていたのだが特に私に返事を求めているわけではないようで、唐突に「これやるよ」と一枚の紙切れを差し出すお兄さん。見るとそれはまだ大分先の日付の、宇宙への日帰り旅行券だった。返そうとしたのだが「一度くらい、この星を外から眺めるのも悪くあるめーよ」と言って踵を返してしまったので結局今も手元にある。宇宙、宇宙か。確かにこの機会を逃したらもう二度と宇宙に行く機会はないだろう。せっかく頂いたし、予定空けて行ってみるか。あー明日から仕事か。早めに寝とこ。おやすみなさい。




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