日常 | ナノ
56日目(土曜日)

結論から言うと嫌な予感は見事に当たってしまった。朝起きたら神楽ちゃんはどこにもおらず、万事屋まで探しに行くと、坂田さんが一人入り口に背を向けて座っていて「神楽なら親んとこ返した。もうここにはいねーよ」と話してくれた。「今頃宇宙船の中だろうぜ」と続ける坂田さんに差し出がましいかなと思いつつも「良かったんですか?」と尋ねると「まーあいつも年頃の娘だしな。それに近頃ロリコンたるものも増えてきてるし?ここにいたんじゃ親御さんも気が気じゃねーだろ」と振り向かないまま答える。心なしか声が暗かったような気がする。

坂田さんが記憶喪失になった時にも感じたけれど、万事屋の三人は強い絆で結ばれている…と思う。誰か一人が欠ければ、残った二人もバラバラになってしまうのではないだろうか。現に、あの場に新八くんはいなかった。親元に帰ることだけが本人の幸せじゃないんじゃないかと思ったが、そんなことを指摘できるはずもなく「神楽ちゃんのお家ってどこにあるんですか?」とだけ返す。坂田さんは「さあな。この広い宇宙のどっかにあんだろ」と投げやりな答えを返しながら頭の後ろで手を組んだ。「坂田さん」と名前を呼んでも最後までこちらを向いてはくれなかった。こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないのかもしれない。

昨日神楽ちゃんの様子がおかしかったのはお別れを言えずにいたからだったんだ。それを引き出してあげなきゃいけなかったのに、出来ずにあんな顔をさせてしまった。また、どこかで会えるだろうか。広い宇宙のどこかって、どこ。コンビニで酢昆布を買って、誰もいない河川敷で空を見ながら食べていると、神楽ちゃんの可愛いお顔が脳裏にちらついて泣きたくなってきてしまった。

「宇宙…宇宙か…」と小さく呟いていると、いつの間にか側に立っていたたまに会う眼帯のお兄さんに「興味があるなら連れてってやろうか?」と声をかけられた。その身に以前沖田がかけていた「本日の主役たすき」がかかっていて驚いて涙が引っ込んだ。「…あの、この町では誕生日の方はそのたすきをつけて歩かなきゃいけない決まりでもあるんですか」と尋ねると、あのたすきはツレの人が今日のために手縫いして作ったもので、今日だけでいいからと頭を下げられてしまって、断りきれずに嫌々つけているんだとか。いい人だな。

正直あの時は誰かの誕生日を祝いたい気分ではなかったが私の気分なんてこの人には関係ないので「誕生日おめでとうございます」とだけ伝えて残った酢昆布を献上する。ふっと笑って「人を祝うやつのツラじゃねーな」と言われ返す言葉もなかった。鋭い人だ。誕生日に嫌な思い出を残すのも悪いので、3日後同じ時間にここに来てほしいと告げてその場を後にした。その時までにプレゼントを見繕っておこう。あの人は友達でも知り合いでも何でもないけど、まあ誕生日くらいよくわからない人のことを祝うのも悪くない。

神楽ちゃん、どうか元気で。また会えたら、あんまんでも酢昆布でも好きなものなんでも買ってあげよう。それと、やばい。あの人に今日と同じ時間って伝えてしまったけど、あれ、何時だっけ?




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