日常 | ナノ
55日目(金曜日)

今日は神楽ちゃんが泊まりに来ている。
いつものように働いていたら、お店に来た神楽ちゃんが今にも泣きそうな顔で「那津お願い。今日だけ泊めて欲しいアル」なんて言うものだから二つ返事で承諾させてもらった。今はもうスヤスヤと寝息を立てている。寝るときはいつものお団子をほどいていて、その姿がとても可愛い。寝顔も勿論可愛い。

なんて呑気なことばかり書いているけど、今日の神楽ちゃんは明らかにおかしかった。理由は聞かなかったけど、多分坂田さんたちと何かあったんだろう。今日話したことが今後何かの役に立つかもしれないし、一応細かく日記に書き留めておこう。

バイト先から家まで一緒に帰る間、神楽ちゃんは珍しく作り笑いを浮かべ、必死に普段と同じ自分を演じているように見えた。それを指摘するわけにもいかず、私もいつものように話していると、徐々にいつもの神楽ちゃんに戻っていく。「はい、家だよ」と無駄に広い敷居の中に招き入れると神楽ちゃんは大きな目をさらに丸くして「那津、寺の娘だったアルか?!じゃ、じゃあ夕飯は精進料理ぃ…?」と後ずさりをした。「大丈夫だよ。テキトーだから肉も魚も出るよ」と返すとパァァと花が咲いたような笑みを浮かべた。可愛かった。

うちの兄は以前神楽ちゃんに鍛えてもらったことがあるので面識がある。神楽ちゃんを見るなり「あっ…あの時はどうも…!」と頭を下げていた。「おーおー、ちったぁ強くなったかぁ?」といつもの口調とは全く違う神楽ちゃんに対して「はい!精神的に成長できました!全てグラさんのお陰です!!」と更に頭を下げる兄。見てはいけないものを見てしまったような気がする。記憶から消したい。書かなきゃよかった。

そのあとご飯を食べ、順番にお風呂に入り、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。この辺りで私は神楽ちゃんに沖田のことで相談があったのだと思い出す。「神楽ちゃん、相談があるんだけど」と切り出すと「おう!!かぶき町の女王とは私のことネ!なんでも聞けヨ!」と嬉しそうに自らの胸を叩いた。そんな神楽ちゃんに癒されながら、最近やけに沖田に絡まれる。私をたぶらかしてお金をせびろうとしているのかもしれない。と話し始めると、輝いていた瞳はみるみるうちに曇り「…あいつ…那津に手出そうとしたアルか…?」と全然違う風に受け取ってしまった。

必死に否定し、単純にカモにしようとしているのだと伝え直す。神楽ちゃんは少しだけ悩んだあと「実は那津のこと好きなんじゃねーの?どーせ好きな女の子ほど虐めたくなるっていうアレネ」とやれやれといった風に首を振った。「あいつも人の子だったアルな」「でも神楽ちゃん、私あの人と話してても私に対する好意をまるで感じないよ」「素直になれないだけネ。男なんてそんなもんアル。どいつもこいつも自分のことしか考えないバカばっかりだってマミーが言ってた。…でも那津にはもっと優しい人がお似合いヨ。私が見繕ってやるから、それまで絶対あいつに落ちちゃダメだよ?」むしろ真剣な顔で私の手を握る神楽ちゃんに落ちそうになりました。あと文字書きすぎて指が痛い。

こんな感じでしばらくはいつもの神楽ちゃんだったのだけど、寝る前に何か思いつめたような顔をしていると思ったら「今日、なんで私のこと泊めてくれたの?すごく急だったのに…」とうるうるした瞳で問われた。それに対して「神楽ちゃんは妹みたいなものだからなあ。だから…また泊まりたくなったらいつでも来ていいよ」と緩いトーンで答えたらなんと号泣されてしまった。「私…あんまり笑わないけど、那津みたいなお姉さんが欲しかったな…あんまり笑わないけど…」笑わないを強調する神楽ちゃんに反省しつつ「な、なんかごめんね…表情筋が中々仕事しなくて…」と返すと「ううん。私、那津のそう言うところが好きアル。お金足りてない時にこっそり自分のお金で帳尻合わせてくれたり、どんなに忙しくても話し相手になってくれたり。確かにあんまり笑わないけど、でも那津は私の知ってる中で、誰よりも優しいよ」と笑う。しかしすぐに悲しそうな顔になり「もっと一緒にいたかったけど…」と呟き、そこで言葉を切った。

ここでもっと深く追求しなければいけないのではないか。そう思ったのだけど「…ううん、なんでもない!今日は泊めてくれてありがとう!すっごく楽しかった!」と吹っ切れたように笑うその顔が余りにもキレイで、大人びていて、私はそれ以上何も聞けなかった。そして今日の日記の冒頭に戻る。なんだか嫌な予感がする。明日、何事もないといいんだけど。




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