5月

世界が緑に染まって
命の輝きに満ちる季節

今までなら胸を踊らせていたのに

病室のベッドから見るそれは

眩しすぎて見たくないものだった。


「すみません先生。わがままを言ってしまって」

「いいんだよ精市くん。外に行きたい、なんて良いことじゃないか。そういう意欲が湧いてくるのはとても良いことだよ。」

外出許可を得るため、先生に相談すると
快く許しを得られた。

先生は俺の申し出をポジティブに捉えてとても嬉しそうにしていた

だけど俺にとってのこの外出は、最後のお別れのようなものだった。







「変わってないな」

とても久しぶりに来た気がする
学校の屋上庭園

連休中だから、学校にはほとんど人はいない。とても静かだ。

花壇は俺が最後にここへ来た時と変わりない
鮮やかな花がたくさん咲いていた。

変わらないことを喜びつつも
俺がいなくても大丈夫 と少しの寂しさも感じた

水も肥料もたくさんもらってるみたいだね。

花壇のそばにしゃがみ込んで
土や花、葉に触れた。いきいきしている。
本当にきれいだ。



「きっつーね!たっぬーき!つっきーみ♪」


感傷に浸っていると、屋上のドアがバーンと勢いよく開いた。

冬にテレビでよく聴くCMソングを歌う女子の声


「うっどんうどんうどんスープ♪うー!うー!うー!」


なんて脳天気な声…
俺がここにいること、知らないんだろうな
わりと背の高い草花の間にしゃがんでいるから、向こうからは見えないのだろう。


「あーーー補修とかありえない。GWだよ?!」


そうか、補修の生徒がいるのか
何か言われるのも煩わしいし…
彼女がどこかへ行くまでここに隠れていよう。
どうせすぐどこかへ行くだろう。


「こっんなー♪時はー♪」

さきほどのメロディーに合わせて、オリジナルの歌詞

………さっきまでしんみりしてた自分が恥ずかしくさえ思えてくる



「きなこもちチョコ〜」

今度は猫型ロボットが不思議な道具を出す時のような口調で、バッグからたくさんのチョコレートを出し
そのうちのひとつを空に向かって高くあげた。


「あー………おいしい!幸せ!なんで授業中はお菓子食べたらダメなんだろ。糖分は脳に良いっていうのに」

ひとつずつ、おいしいおいしいと
笑顔でよく食べてる

本当に幸せそうだ。


俺が、最後にあんなふうに笑ったのは
いつだっただろうか

陽光を浴びてキラキラ光る広葉樹のような眩しさ


「ごちそうさまでした!」

全てのチョコをたいらげた彼女は、座っていたベンチにゴロンと横になり
すやすやと眠り始めた

本当に自由だな……

もう動いても気付かれないだろう。

そろそろ帰ろう

立ち上がり、屋上から校舎へ戻るドアへ向かった。

帰り際、もう一度近くで彼女の顔を見下ろす

寝顔まで幸せそうに笑ってる


羨ましい と思った。


俺も、こんな風に心から笑って
大好きなテニスをもう一度やりたい。

みんなと


心が溶けたように、溢れ出そうになる涙を吸いこんで
久しぶりにすこしだけ笑った











目を瞑ると、あの時のことは鮮明に思い出せる



「だから俺は、君のこと5月から知ってたよ。」

目を開けると、あの時とは違う冷たい夜の空

だけど俺の心はなぜか温かいし、月や星の光がぼんやりと
黒さえも優しい色にしている。


目の前の彼女は、あの時の能天気な笑顔ではなく何がなんだかよくわからないといったような顔をしている。

静かな夜に、もうすぐ電車がくることを知らせる軽快な音楽が鳴った。

それに合わせて、電車が近付いてくる





「君が好きだよ。」