海原祭準備期間が始まった。
どこのクラスも準備に大忙し。
賑やかで楽しそうな声がそこら中から聞こえてる。


「ヨウコー、あんたまだテニス部行かなくていいの?」

「あ、やばっ。もうそんな時間?!」

友達の声に作業の手を止め、時計を見た。

テニス部の演劇に参加するといえどもクラスの出し物も当然手伝わないといけない。
うちのクラスは喫茶店ということで、私は教室の飾り付けを担当することになった。


優しいクラスメイトのおかげで、部活と掛け持ちするメンバーは楽な仕事をまわしてもらってはいるけど
やはりそれなりに忙しい。


「ごめんね!いつも中途半端で…」

「いいのいいの。それより、はい!コレ」


満面の笑みを浮かべる友人の手には、うちのクラスの喫茶店で使える無料食べ飲み放題券が8枚……


「あーはいはい…渡せばいいんでしょ渡せば」

「よろしく〜」


最近この8という数字が何を表すかだいたいわかってきたよ。

テニス部レギュラーに渡せってことね。うちの喫茶店に来てくれるかもしれないもんね。

「私の分はないの?無料券」

「なんで?あるわけないじゃん」


ですよねー


とりあえず無料券を受け取り、テニス部の方へ向かうことにした。





「ごめん、遅くなりました〜」


部室に着くと、すでに何人かは作業を始めているみたいだ。




「遅刻じゃ遅刻〜」

「で…でも仁王くんだって遊んで……ないのか、それ小道具のウィッグ?」


サボっているのかと思いきや
仁王くんはウィッグの手入れをしているようだった。

劇で使うのかな?



「人聞きの悪い。仕事しとるに決まっとるじゃろ」

そう言いながら、コテで巻いたり編み込んだり…器用だなぁ…



「におー!サボってないでこっち手伝えよー」

丸井くんがダンボールいっぱいの模造紙を運びながらやって来た。
荷物が多すぎて顔が見えないけど、声からしてたぶん怒ってるのだろう。



「でもこれ劇で使うウィッグらしいよ?」

「騙されんなよ小宮山。今回の劇はウィッグ使わねーの、俺知ってんだ」


「え、そうなのっ?」


バッと仁王くんの方を見ると、いつものようにプリプリ笑っていた。

騙された!


「もー!信じらんない!自分の趣味は休み時間か家でやってくださいー!」


くそー!何の仕事を押し付けてやろうか…!


「そう怒りなさんな。お前の髪もアレンジしてやるから」



「……え、ほんとに?」


それはちょっと嬉しいかも…!
サボってたのはいただけないけど実際ウィッグのデキはかなりすごい。

超絶不器用な私では到底できない技だ。



「じゃあちょっとよろしく」


わーい、と軽い足取りで仁王くんに背を向けて座ると、
「今日はどのようにされますか?」
と、仁王くんが私の髪をかるく手ですいた。
まるで美容院ごっこだ。



「この女の子みたいにしてください」

仁王くんの美容院ごっこに付き合って
近くにあった雑誌に載ってたアイドルを意気揚々と指さした。


「お客様申し訳ありません。当店あいにく顔面整形手術は承っておりません」

「どーゆー意味よ!」


振り向いて睨みつけると、仁王くんが声を出して笑った。


「おまえらサボりすぎ」


丸井くんにも笑われてるのはおいといて…
確かに遊びすぎたので、ちゃんと仕事に戻ることにした。





大道具に小道具に衣装…
演劇の準備って大変だなー

準備に加えて出演者はセリフも覚えなきゃいけないし…


その中でも一番忙しそうなのは
やっぱり…


「幸村部長ー!背景の大きさこれくらいでいいですかー?」

「部長、衣装の色の相談なんですけど…」

「部長!ガラスの靴のサイズが…」


やっぱり幸村くんだろう。
大道具、小道具、衣装、全ての進捗状況を把握してるみたいだ。

う〜ん、さすが


疲れは全然顔に出さないけど…
絶対疲れてるはずだよね


…よし、と気合を入れて
残りの時間は集中して仕事を進めた。










「そろそろ時間だね。みんなお疲れ様」

幸村くんの声に顔を上げると、下校時刻の5分前だった。

そんなに時間経ってたんだ…!
はやく片付けなきゃ



一通り片付けが終わると、お疲れ様でした〜と、みんなぞろぞろ準備教室を出て帰って行った。


最後まで残ったのはいつものレギュラー陣


「よーし、俺らも帰ろーぜー!腹へった〜」

丸井くんの呼びかけにつられるように
みんな準備室の出口に向かい始めた。


「あれ?幸村くん?」

姿が見えないと思ったら、窓の鍵をチェックしてるみたいだ。

「俺は戸締りがあるから先に帰ってくれていいよ」

「では私達も手伝いますよ。」

「すぐ終わるから大丈夫だよ。ありがとう」


みんなでやった方が早いんじゃないか?というジャッカルくんの提案も

あんまり遅くまで大人数で残ってたら先生に注意されるから、と却下されてしまったので
おとなしく先に部室に戻ることにした。




「あー、やっぱジャージの裾に絵の具ついちゃってるな〜」

女子更衣室に戻り、ジャージを脱ぐと
作業で使った絵の具がついてしまっていた。

洗ったらとれるかなー…

なんて考えているうちに着替えは終わり、更衣室を出ると
あたりは青暗くなっていた。


帰ろう、と思うのに

足は無意識に準備室に戻っていた。


幸村くんはすぐ終わるからって言ってたけど
なぜだかまだ幸村くんは作業を続けてる気がしたんだ。


他のみんなと比べたら、私がテニス部で過ごした期間なんてすごく短いけど
なんとなくそう思う。
日数的にはそんなに長くないけど、それ以上に濃い日々を過ごしてきたつもりだ。


意地悪ですぐからかわれるけど
人一倍責任感が強くて
一生懸命な人だと思うから








準備室にはやっぱりまだ明かりが付いていて
ちょっと緊張しながらもドアに手をかけた時だった


「あれ?小宮山先輩」


聞き慣れた声に振り向くと、みんなも制服に着替えてから戻ってきたようだった。


「お前も戻ってきたんじゃな」

「うん、なんか幸村くん一人で仕事してそうな気がして」

「だよなー、ほんと水くせーよ幸村くん」

そう言いながら丸井くんがドアを開けると、想像通り幸村くんの姿があった。
大道具のの確認をしてるみたいだ。



「そうやって何でも一人で背負いこむのは悪い癖だな。」


「…真田…あれ、みんなも?」

帰ってなかったのか、と幸村くんが少し目を丸くした。


「戸締りだけなんて嘘つくとか水くさいぜ幸村くん〜。手伝うって言っただろぃ」


「ごめんごめん、嘘ついたわけじゃないんだよ。最初はほんとに戸締りだけだったんだけどね。大道具が倒れないか気になっちゃって。」


たしかに夜の間にこれが倒れちゃったら大変だもんなぁ…作り直してたら間に合わないかもしれないし。


「では、私達もセットの確認しましょう。」

柳生くんの声に頷いて、それぞれ作りかけの大道具を
倒れないよう固定した。

そんなに量はないので、みんなで一斉にやればすぐだ。



「よし、かんぺき!あ〜腹へった〜!」

丸井くんさっきからお腹減りっぱなしだね。

まぁ私もぺこぺこだけど…



「では、帰るか。」

柳くんにつられて時計を見ると、いつもならもう晩ご飯を食べている時間だった。
そりゃぺこぺこになるわ。


「あ!!!」


ぞろぞろと出口へ向かうと、丸井くんの大きな声が響いた。



「今日あの日だ!」

「あの日って?」

何か特別なこと、あったっけ?


「4人以上でラーメン30%オフ!!」






ということで、丸井くんに連れられて
結局みんなでラーメン屋さんにやって来た。


普通のラーメン屋さんなのに、みんなで来るとなんか楽しくて
気分がふわふわしてくる。


みんなの注文したラーメンが一気にやってきて
いただきます!と食べ始めた。


はぁ…おいしい、幸せ


ひとしきり食べて、ふうっと落ち着いた時に
ふと目に入った幸村くん。


なんか幸村くんにラーメンって意外な組み合わせというか…



「なに?」

わっ…見すぎて気付かれてしまった

「や、なんか幸村くんがラーメン食べてるー…と思って」


「……バカにしてるなら痛い目みるけど」

「…えぇ?!しっ、してないっいだー!」


すごい良い笑顔で頬を軽く摘ままれた!地味に痛い!!


「してないのにー!ひどいよ乙女の頬をー!」

「え?お米?」

「お と め!!」

「ごめんごめん、君のセリフ9割食べ物だから聞き間違えちゃったよ」

「そんなことないけど?!」

失礼だなぁと頬をさすりながらまたラーメンにお箸をつけた。


「なんやかんや先輩らも仲良いっすよね」




……仲良いというか、いじられてるというか

複雑だけど


でもみんなが笑ってるから、もう何でもいいやって
自分の顔もほころんでいくのを感じた。