午後になり、練習も折り返しにかかった頃

ボールを集めている私に丸井くんの衝撃な一言



「小宮山〜今日の晩飯おまえ作れよ」

「………えぇ?!」

丸井くん?!
なんで?!
急に?!

抱えていたボールを思わず落としそうになった。


「もうちょっとで天才的な新技完成しそうでよ!今日はちょっと集中したいんだよな〜」


…そりゃそうだよね
なんといってもテニスがメインのテニス合宿だし


私もできることは協力したいけど…
けどさ!
昨日の丸井くんのおいしいカレーの後に料理作るってかなりハードル高いよ?!


作るなら…
簡単で、味付けがあんまりいらなくて、おいしいもの…



「じゃぁ…焼き肉…とか?」
材料切るだけですむし


「焼き肉?!」
「いーじゃん肉!」
「やりぃー!」

「それなら外でバーベキューにするか?」

「道具まであるのか!」

「いいね。」



「え?な、なに?」

ほぼ全員の声がそろった。
なにこの盛り上がり様は

怖いんだけど!

「そんなわけで、材料の準備頼んだぞ!俺も後で手伝うからよ!」




…まぁ、いっか
野菜とか切るだけだし




ということで、少し早めに私だけペンションに戻り
晩ご飯の準備にかかった。


エプロンを着けて、台所で食材と睨めっこ

野菜はきっと少な目でいいよね。
あ、でも柳くんとかは栄養のバランス気にしそうだから
やっぱりそれなりに野菜も用意しなきゃだめか



包丁で切るだけだと油断してたけど、9人分の食材を包丁で切るのって
けっこう大変なんだな…

あ、お米も用意しなきゃ!


あたふたと準備をしていると、もう練習が終わる時間になってしまったらしく
みんなが帰ってきた。



「ほぼ準備できてるみたいだね。助かるよ。」

「あ、お帰りなさい」



キッチンに顔を出したのは幸村くんだった。


あれ?
どうしたんだろう


振り返って、おかえりと言った瞬間に
幸村くんは固まってしまった。



「……幸村くん…?」


「あ、ごめん…なんでもないんだ。炭に火をつけてくるよ」


「うん、よろしく〜」



なんだったのかよく分からないけど、あと少しで切り終わるし!とっととやってしまおう。
再び背を向けて包丁とまな板に向かった。


「なんか、新妻みたいだよね。」



ぱっと振り返ると、声の主である幸村くんはすでにいなかった。



に…新妻?!





なんか!
て、照れる!

幸村くんいなくなっててよかった…

熱くなる顔を手で冷やしながら、心底そう思った。





「小宮山ー、火ついたぞー」


「あ、はーい!」


ジャッカルくんの声にはっとして、残っていた材料を持って外に出た。





外に出ると、なんともいえない炭の煙の匂いがした。
もう夕暮れで、辺りはすっかり黄色とオレンジの世界だ。



「すごい。もう火ついたんだね」
ほんとこの人らの雑学というか器用さって何なんだろう



「早く食いましょうよ〜!真田副部長!もういいっすよね?」

「そうだな。そろそろ良いだろう。」


「いっただきまーす!」


みんな勢いよく程よく焼けたお肉にとびついた。


さすが成長期

私もよく食べる方だけど、やっぱ男子はすごい量を食べるな


多めに用意したつもりの材料がどんどん減っていく。



しばらく食べ続けて、ぐうぐう騒がしかったお腹が落ち着いてくると、
切原くんがペンションから大きく膨らんだビニール袋を持って出てきた。



「そろそろ花火やりましょーよー!」


花火?よく見ると、ビニール袋には花火がいっぱいだ。


いっぱい入りすぎて、持ち手が袋を突き破っちゃってるのもある。


「すごいっしょ?去年の余りとか持ってきたんすよー!」


「去年のって…大丈夫かよ」


「イケると思うんすけどー……」


そう言いながら試しに火をつけてみる切原くんの手元にみんな注目してるけど、なかなかつかない。



「…爆発とかしねえよな?」

「まさか、ねぇ」
丸井くん怖いこと言わないでよ




「……………………………」


この沈黙が怖い…








「ボン!!!!」

「ぎゃあっ!!」




「仁王くん、人を驚かすのはやめたまえ。」


「ははは!小宮山と赤也、すげぇ顔!」

「もうもうもう!信じらんない腹立つー!!」

本気でびっくりしたよもうーっ!!
じわじわムカついてきたので2、3発仁王くんを叩いておいた。




「あ!ついた!つきましたよ〜!」

「お、よしよし。ほんじゃ俺等もやるか!」

少し時間はかかったけど無事使えることがわかったので、みんなそれぞれ好きな花火を手にとった。


鼻にツーンとくる煙を出しながら、みんなの花火がキラキラ燃えた。

花火は大量にあるので、切原くんや丸井くんなんかは一気に何本も点火して
ぐるぐる回したりしてる。



夢中で花火をしてたら喉がかわいてきたな。

ジュースでも飲もう。


みんなと少し離れた所にあるテーブルに飲み物を取りに行くと、
ペンションの明かりも花火の光も遠くに見えて、虫の声や波の音が聞こえる静かな夜が広がっていた。

吹く風も都会にいる時のように、まとわり付く風じゃなく
肌を滑るように流れていく。

きもちいいなぁ


気分が良くなると、空を見上げたくなるのは私だけだろうか。



「…きれい」


見上げた空には星がチカチカと、月がぼんやりと、光を放っていた。


「綺麗だね。」



「っぅ、わぁ!」

1人だと思っていたのに!
いつのまにか幸村くんがコップにお茶を注ぎながら立っていた。


びっくりした…!
変なひとり言言ってない…よね…?!


「空気が綺麗だから、星も月もよく見えるんだね。」


「…そうだね」
落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせながら
再び空を見上げた。




夜でも月の光で雲がはっきり浮き出てる。
おまけに雲が風に押されてすいすいと移動している様子もよく見える。

雲って意外と速く動いてるんだなー



「なんかさ、家で見る夜の空って、真っ暗だけど、ここはなんか紺色っていうか…暗い緑っていうか…何かに似てる気がするんだよね。なんか優しい色してる。」


「そんな感じだね。」

表現力が乏しくて、うまく言葉にできなかったけど
幸村くんは静かに頷いてくれた。


こんなにまともな話を2人でちゃんとしたのは初めてかもしれない。

今日はやけに素直だな

調子が狂う…
なんか緊張するよ




「幸村くーん!小宮山ー!このでかい花火やろうぜー!」


「あ、うん!幸村くんも行こうよ」



丸井くんに呼ばれて、そう言えば花火をしていたんだと思い出した。




夏合宿の2日目の夜は、ちょっと不思議な夜だった。