港からすこし山を登ったところで、柳くんちのペンションに到着した。


「かわいい…!」

白い壁に大きな出窓
なんかシルバニアファミリーの家みたいだ!と、子どもみたいなことを思ってしまった。


中も木を基調とした家具でそろえられていて、すごくおしゃれだ。

「窓開いてますけど、誰か住んでるんすか?」

たしかに、窓にかかった白いレースのカーテンがふわふわ揺れている。


「いや、普段管理を任せている人がいてな。今日から使用すると連絡を入れておいたから、換気をしておいてくれたのだろう。」


そういえば、ホコリひとつないな。窓も開いてたおかげで部屋の空気も爽やかだ。


「食材も買っておいてくれたそうだ。」

「おー、ほんとだ!冷蔵庫にびっしり!」

柳くんの言葉にいち早く反応した丸井くんが、すばやく冷蔵庫を開ける。

気になって覗くと、新鮮そうな野菜やお肉がいっぱい入っていた。


「ありがたいよ。ここまでしてもらえるなんて」


「遠慮せず自由に使ってくれ。」

「柳ー冷蔵庫のバナナ食っていい?」ほんと自由だな…





「じゃあ部屋に荷物を置いたら、着替えてまたこのリビングに集合しようか」

「お!水着にっすか?」

「馬鹿者!ジャージに決まっとるだろうが!」


切原くんはよっぽど海に入りたいらしい。


「部屋は2階だ。小宮山は一番奥の部屋を使うといい。」

「柳くんありがとう」

個室は全部で5部屋。
私は1人で1つの部屋を使わせてもらえることになった。

それにしても部屋数多いな…柳家すごい…


そしてありがたいことに、テニスコートもペンションのすぐ裏にあるみたい。

山の中にあるから空気もおいしいし、少しひんやりしている。でも山の中といっても海や港からめちゃくちゃ遠いってわけでもないし。
最高の立地だ。


パーンとボールを打つ音が、高い空に響く





「よし、そろそろ休憩しようか」

「何時までっすか?」


「15時までの1時間。赤也、海に入ってきてもいいよ」


「やったー!さすが部長っす!」

幸村くんのお許しを得た瞬間、切原くんは海に向かって走りだした。


「赤也!おまえ水着は?!着替えねーのかよー」


「実は短パンの下にはいてるんすよー!」

そう叫んだ切原くんの姿はもう見えない。


「せっかくだし、俺達も行こうか」

幸村くんの提案にみんな頷き、着替えて海へ行くことになった。

海は楽しみなんだけど…
女子ひとりの状況で水着になるのはかなり勇気がいるな…

ということで
水着の上に、濡れてもいいTシャツと短パンをはいて海に向かった。



海に着くと、切原くんはすでに全身びしょ濡れだった


「だいぶ楽しんだようやのう」
頭からタオルをかぶった仁王くんは、心底早く日影に入りたいといった様子だ。

「サイコーっすよ!けっこう遠くまで行っても足がつくし!」

あー
私も早く入りたくなってきた!

足をばしゃっと海につけると、けっこう冷たい


「冷たいね…」

お腹までつけて大丈夫かな…


「大丈夫っすよ!こーゆうのは勢いが大事なんすよ」


「ぎゃあ!」

いきなり背中に冷たい水がかかり、驚いて振り向くと
切原くんが大きく口を開けて笑いながら
大きな水鉄砲を抱えていた。
大きすぎる荷物の正体はコレか…!

「ちょっと!心臓マヒおこしたらどうすんのよ!」


「ひゃー」

仕返しに足で水を蹴ったら、うまい具合に切原くんにかかった。でも既にずぶ濡れの切原くんにはあんまり効果がないようだ。悔しい。


「お、おもしろそうなことやってんじゃん!」


そこからは誰が敵か味方かわからない、水の掛け合いが始まった。

最初はがんばってたけど、途中からみんなの体力についていけなくて、こっそり砂浜へ抜け出した。


「……すごい体力…身がもたないよ…」

というか休憩時間なのにむしろ体力使ってるんじゃ…

息をきらしながらパラソルのある場所まで向かうと
背もたれのあるイスで、柳生くんと柳くんが優雅に読書をしている。その隣で顔にタオルをのせて寝ているのは仁王くんだろう。



「おや小宮山さん、休憩ですか。」


「うん…疲れたよ…柳生くんは何読んでるの?」

「ランボー詩集です。波音を聴きながら読書をするのは、とても気持ちが良いですよ。」

「なるほどねー」
そういう楽しみ方もあるんだな

「もう1冊あるのであなたも読んでみますか?」

「うん。読んでみよっかな」
詩集なんて読んだことないけど柳生くんがせっかくすすめてくれたんだし、読んでみよう。


そう思い、柳生くんから本を受け取ろうとしたら
前から幸村くんがやってきた。手を後ろに回して、何か隠し持ってるようだ。

「いいもの持ってきたよ。手、出してごらん」

にっこり笑う幸村くんの言うがままに、両手をお皿のようにして差し出した。


その瞬間、両手に感じる
ぶにっとした感触に、黒い物体

「…………ひっ…」


「かわいいだろ?なまこ」


「ぎゃぁ!!」


思わず放り投げてしまったなまこを、幸村くんはしっかりキャッチし
満足げに海に返しに行った。


なまこ…!
初めて触ってしまった!
さっきの感触を思い出しただけで鳥肌ものだ。


「どうだった?」

再び海から砂浜に戻ってきた幸村くんは、あいかわらずにこにこしている


「なっ…なんでなまこを!」
あーいう時って普通ピンクのかわいい貝殻とかでしょ空気読めよ…!


「喜んでむしゃむしゃ食べるかなぁと思って」

「食べるわけないでしょ!」
だいたいあれ食用じゃないよね?!
一体私のことなんだと思ってるんだ…!
そこまで食べ物のことばっか考えてるわけ……ある、けど…あるけど!なまこはないでしょ!

「幸村ー、そろそろ15時だ」


「ああ、ありがとう。じゃあみんな、そろそろ練習再開するよ」

腕時計を振りながら合図をするジャッカルくんに
幸村くんが爽やかに応えた


まさかあの爽やか笑顔でなまこを握らされるとは思わなかった…
気をつけようと思いつつも、どうもあの笑顔を見ると、疑うという選択肢がなくなってしまうのだ。




こうして初合宿の初日は
あわただしく、賑やかに過ぎていくのでした。