あれから10日間、精市と顔を合わせていない。

私が向こうの家に遊びに行くことはなくなったし
精市がうちに来ても、ベッドの中で寝てしまったフリをした。

隣に住んでいても、会わないでおこうと思えば会わないもんなんだな






「名前子大丈夫?無理しすぎなんじゃないの?」

学校に行くと、毎朝みっちゃんが心配してくれる。

申し訳ないなと思いながらも、今まで縁がなかった恋の悩みとやらは
どうも私には荷が重い。
解決方法が見つけられないのだ。

でもこれは他の人に解決してもらうようなことでもない。

自分ではっきりさせなきゃダメなんだ。



みっちゃんもそれを察して、何も言わずに背中や頭を撫でてくれる。



いつまでこんなモヤモヤした状態が続くんだろう…

それによくよく考えたら、私が精市を好きだとわかったとしても
精市が他に好きな人がいたらどうするのよ。
今まで気付いてなかった事実と自分のお気楽さにますます頭が痛くなった。






「ねぇねぇ名前子ちゃん、みっちゃん。今度の土曜日ヒマ?」


私のもやもやした暗い気分と正反対な明るいクラスメイトの声に、ふと現実に引き戻された。


「私はヒマだよー」

急なことに頭が働かない私をフォローするように、みっちゃんが先に答え、
それを聞いてさらに嬉しそうに友達は話を続けた。


「土曜日に東中の男の子と遊ぶんだけど、二人も来ない?」


意外な誘いに目がまるくなる

なんでもその子は東中の男の子達と友達で、うちのクラスの写真を見せたら
私とみっちゃんに会いたいと言い出した男の子達がいるそうなのだ。

世の中変わった趣味の人がいるもんだなぁと他人事のように思っていた

けど…、これはチャンスなのかもしれない


精市以外の男の子と遊んで、どう思うか
自分の気持ちをはっきりさせる良いチャンスなのかもしれない。



「私、行こうかな…」

「ほんとに!やったー。名前子ちゃんのことすっごいかわいいって言ってる男子も来るから、きっと喜ぶよ〜」


「あ、じゃぁ私も行くよ」

「みっちゃんもありがとー!」
そう言うと、友達は自分の席に戻っていった。



「名前子、ほんとに行くの?無理しちゃダメだよ?」

「…行く………」


「……行きたくなくなったら当日でも気にせず言うんだよ?私が絶対なんとかするから」


ありがとうみっちゃん。

でも私、このもやもやを解決させたいから
そのためにできることは、やっておきたい。







その土曜日はすぐにやってきた。
よく考えたら知らない男の子達と遊ぶなんて初めてだ。


緊張しながら、それなりに気に入ってる服に袖を通した。



「じゃぁお母さん、行ってくるね」

「いってらっしゃい。あんまり遅くなっちゃ駄目よ」

お母さんの言葉に軽く頷いて、家を出た。


今日を乗り切れば、また精市と笑って話せるはず
そう思い、顔を上げて前を睨むように歩き出した








「おばさん、こんにちは。あれ?今日も名前子いない…?」

「あら精市くん。そうなのよー、今さっき出たところなんだけどね。あの子今日デートなんですって!」

「デート……?」


「それより精市くん、お茶でも………あら、もういない」












もうすぐ駅に着きそうだなぁ


………

人通りのすくない路地裏でふと足を止めた。

強気を保とうとしても、すぐに自分の中の弱気に負けてしまう

こんなことしてて良いのかな

他の子達と遊ぶだけで、解決するのかな
とてつもなく遠回りをしている気もする…


でも他の方法がわからないんだからしょうがない
と言い聞かせても、さっきから脳裏にちらつく精市の顔




あぁ、私は何をしているんだろう






「ゎっ…!」

なに?!

急に腕を引かれ、反動で後ろを振り向いた。






せ…


「精市…!」


「どこに行くの?」


それは今一番聞かれたくないことだ


「べつに…みっちゃんと、遊ぶだけだよ…」

「嘘つくなよ。目、そらしてるよ」


しまった…癖が出てしまった…




「男と遊ぶんだろ?まさか彼氏?」

カァッと顔が熱くなった
思わず精市を見ると、悲しそうな、怒ったような表情

…こんな顔、初めて見た



「最近雰囲気変わったと思ったら…男遊びでも覚えたってわけ」


「ちっ違うよ!!」

違う…違うのに…

そんな顔しないでほしい





どうしたらいいか分からなくて、自分が情けなくて
下を向いた私の体中に

急に温かい圧迫感がやってきた


「精市…?」


それが抱きしめられてるとわかったのは、精市の香りが鼻を掠めたから

久しぶりの、落ち着く香り





「行くなよ…」

息が詰まるほど力強い腕なのに、
その声は消えてしまいそうなほど
弱い










「いい加減…俺のものに、なってよ……」











涙が

涙が勝手に溢れてきた



一度流れたものはなかなか止まらなくて、むしろ箍がはずれたように
ボロボロと体を震わせながら泣いた。


「…今の、告白?せいいちも、わたしのこと、好きだったの?」

泣きすぎてうまく言葉にできない…


「あのさ…普通そういうこと聞く?恥ずかしいだろ」

さっきの怖い顔がほぐれて、精市の顔にも少し赤みがさした



「好きだよ、ずっと。たぶん、生まれた時から」


その言葉を聞いたとたん、またバカみたいに泣いてしまった


そして涙と一緒に言葉もポロリ、ポロリとこぼれ出た。

今まで考えていたこと、
自分で解決したいために今日出掛けたこと



「ほんっっとにバカだね。」

「…ひどい……」


「それだけ悩んで悩んで考える時点で俺のことが死ぬほど好きだって気付くだろ」


「なによ…自分だってさっきすっごい泣きそうな顔したくせにっ」


「そりゃ焦りもするだろ。今まで絶対俺のこと好きで気付いてないだけだと思ってたのに、急に他の男とデートとか言うんだから」

「デートじゃないよ!誰に聞いたの?!」

「おばさん」

お母さんのやつ〜!


「まぁでも、結果オーライだよね」

そう言って精市は、優しく私の髪を梳いた



「よし、今から俺とデートね」

「え、でも約束が…」

「男がいるって集まりに、ほいほい行かせると思う?」

あ、また怖い顔。笑顔だけど、怖い。


とりあえずみっちゃんに電話をすると、
『いい!いい!来なくて!もうあんたよかったねー!!もー!あ、こっちは大丈夫だよ!代わりに合コン百戦錬磨の友達つれてくから!安心して!幸村くんによろしくー!じゃっ!』

すごいハイテンションだった。

「幸村くんによろしくだって」

「聞こえてたよ」


ドタキャンしたのに怒るどころかあんなに喜んでくれて…
ほんとに良い友達を持ったな…

じーんときてまた泣きそうになった。




「じゃ、行こうか」

「…うん!」



差し出された手を、きゅっと握った。

今までのもやもやが嘘みたいだ。




今度は迷わず言える


「大好きだよ、精市」




それが恋だと分かったので