さんざん3年の教室をまわった後、やっと休憩できることになった。

どこもすごい人混みだったな…
パンフレットで見るかぎり一番人通りの少なそうな休憩スペースを選び、買ってきた焼きそばを食べることにした。
外に簡単なイスと机があり、木に囲まれている。
こういう場所が一番落ち着く。


私がもそもそ食べている間も
みっちゃんは嬉しそうに、戦利品であるテニス部員の画像を飽きもせず眺めている。


「私ジュース買ってくるけど、何かいる?」

「じゃぁオレンジジュース。ありがと〜」

お財布を持って、近くの自販機へ向かった。
焼きそば食べ終わったらまたあの人混みに突っ込むんだろうか…

午前中のもみくちゃ具合を思い出して、ぞっとした。


午後は普通に海原祭を楽しもうよって
みっちゃんに提案してみよう…

ふうっと軽く息を吐いて、オレンジジュースのボタンを押した。



少し疲れてたんだ、私は

だから忘れてた



「名前子」


振り向いた先に、
今日、ここで見てはいけなかったはずの顔があった。


「やっぱり名前子だ」




精市だー!




「来てたんだ。驚いたよ。言ってくれればよかったのに。」



風がふいて木がざわざわと揺れる
それに合わせて精市の髪もふわふわ揺れる


「…急に行くことに、なってさ…へへ…」

ごまかすように笑ってみたけど、少し気まずい。
べつに怒ってはいないみたいだけど…
機嫌は少し悪そう…?


「私が来てるって、よくわかったね…」

「さっき教室にいる時、声が聞こえた気がしてね。名前子が好きそうな場所に来てみたら、思ったとおりいたってわけ。」

気のせいかとも思ったけど、俺がお前の声を聞き間違えるわけないしね、と
恥かしいことをさらりと言う。



それよりも精市の隣にいる人は…
精市の写真で見たことあるかも


「彼は柳。写真で見たことあるだろ?同じテニス部なんだ」

私の視線に気づいたのか、精市が紹介してくれた。


「柳、彼女は俺の幼馴染の名前子」


「ほお…それは興味深い。」


どうも…と頭を軽く下げてみた。
ちょうど休憩時間が重なったので、2人で移動していたらしい。


「ところで、名前子にコスプレの趣味があるとは知らなかったよ。」


「げっ…」

そうだ!私立海の制服着てる…!


「これはさ!と、友達が雰囲気出すためにって!用意してくれたんだよね!」

うわぁぁぁぁ!
気まずい気まずい!

精市に内緒で立海の制服着て
こそこそ海原祭に来てるって…!
なんか私変態みたいじゃないか!



「名前子〜!遅いけどどうした…の…」

あ、みっちゃん!
私を助けて!


「あああ!うっそ!」


みっちゃんは精市と柳くんを見るや否や目を見開いたけど、
すぐにアイドルでも見るような顔になった。


「その友達?」

「うん…」

精市はそんな反応に慣れているのか、冷静だ。



「はじめまして!いつも名前子から幸村くんの話は聞いてます!柳くんも!会えるなんて光栄です!」


なぜ敬語?
みっちゃんとても嬉しそうだな…
親友の喜ぶ顔を見るのは私としても嬉しいけど
今はこの状況から抜け出したくてヒヤヒヤするよ…



「ちょうどいいじゃない。俺達も休憩中だから、4人で一緒にまわらない?」

は?!

「あ、それいいですね!」

「俺も構わないぞ。おもしろいデータが取れそうだ。」


えええ…

精市の提案を2人とも受け入れてしまった。
やだやだやだ…!


「名前子も、いいよね?」

「…………はい」

この状況で嫌だと言えるほど、私の心は強くないようです。






そんなこんなで奇妙な4人で海原祭をまわることになってしまった。



みっちゃんは柳くんと楽しそうに話ながら歩くため、気付けば私と精市が並んで前を歩き
その後ろをみっちゃんと柳くんが並んで歩くかたちになっていた。






…あれ?
気付けば2人の姿が見えない

精市も精市で、はぐれちゃったのかな?まぁメールでも送っておくよ と呑気なことを言っている。

まぁみっちゃんのことだから、きっとこの状況も楽しんでいることだろうし。
一応私もメール送っとこう。


「名前子はどこに行きたい?」

「えっと…」
パンフレットを開くと、隣から精市も覗き込む。


「ここのクレープが評判良いらしいよ」

クレープ!
大好き!


「じゃぁ、クレープ食べようか」


まだ何も言ってないのに…表情だけでわかってしまったみたい
精市は何でもお見通しだな。







ね、見て

誰?あの子…

幸村くんにあんなに近付いて…

彼女?べつに可愛くないよね?





思った通りだ
周りから聞こえる女の子達の声



聞きたくなくて、
耳を塞ぎたい

唇を噛み締めながら、どんどん顔が俯いてしまう。




嫌だ、やめて






「俺さ、」

ふと精市の声で、我にかえった




「名前子と一緒の学校通うの、夢だったんだよね。」






その言葉が意外で、下ばかり見ていた顔を上げた。



「こうやって、一緒に校内歩いてみたかった。」



精市がそんなことを…?


「だから、海原祭に来てるなら言えよって最初はちょっとイラっとしたけど。今はすごく楽しいよ。」


そう言った精市は幼い顔で笑っていた。




「立海の制服まで着てるし。同じ立海の生徒みたいだ」





精市は、この状況をすごく楽しんでくれていたみたいだ。
それなのに私は、後ろ向きなことばかり考えて…



「ネクタイも…似合ってるでしょ」
顔を上げて、思いっきり笑った。


もう私の耳には、まわりの声は入ってこなくなっていた。

他の人の言うことなんて、気にしなくていいんだ。
精市が喜んでくれるなら。
それで良いんだ。





精市、私もだよ。
同じ学校に通えばよかったなって

今、すっごく思ったよ。












(ねぇ柳くん。後ろからコソコソ2人を観察してどうするの?)

(幼馴染といることで、精市の貴重なデータが取れるからな。そういう君こそ、シャッターを何度も押しているが。)

(だってあんな無邪気な幸村くんレア中のレアだもん!)

(君はなかなか観察力があるようだな。)



こんなやり取りが、柳くんとみっちゃんによってされていたなんて
私はまだ知る由も無い。