頭に膜が張ったような
自分の体が自分のものでなくなったような…そんな感覚


これは、風邪をひいたな


体温を調べるために額に手をやった。



「どうした幸村。調子が悪いのか。」


「やぁ真田。…少し熱っぽいかな」



さっきまで部室には誰もいなかったはずなのに、いつのまにか真田が来ていたようだ。

…全然気がつかなかった

自分で感じているよりも、調子が悪いのだろうか



「目が虚ろだな…。無理をせず今日は帰ったらどうだ。」


「大丈夫だよ」

ただでさえ長い間休んでいたのに
これくらいの風邪で休んでなどいられない。

平気だと伝えるために立ち上がったが
気持ちとはうらはらに立ちくらみがしてしまい、机に手をついてしまった。



「幸村くん、ムリはよくねーよ」

「風邪はひき始めが肝心ですからね。今日はゆっくり休んだ方がいいですよ。」

「そうっすよ部長!温かくして寝た方がいいっすよ!」


いつの間にみんな来てたんだ…
しかも後輩の赤也にまで心配されるとはね…
いつもと逆の立場がすこしおもしろくて、ふっと笑みがこぼれた




「…じゃぁ、今日は帰らせてもらおうかな」「ああ、それがいい。」

「気を付けてな。」




部活のことはみんなに任せて、部室を後にした。



ポツリ、ポツリと人通りの少ない通学路を歩く

まだ昼と夕方の間で空は明るい。
いつもは部活終わりの、すっかり暗くなった道を歩いているから、何だか新鮮だ


だけどそんな空とは正反対で気分はあまり良くない

頭も体もボーっとして、思うように動かせない
この感覚は苦手だ


…ただの風邪じゃなく、
病気が再発したのだとしたら


そんな不安が常につきまとう


不安で不安で
ついにはイライラまでうまれて…

泣きたいような、叫びたいような



こんなこと考えたくないのに




どうやって電車に乗ったのか、どうやって駅から歩いたのか

いまいち記憶にはないが、どうやら家に無事ついたらしい。




「おかえり精市ー。おばさん買い物行くって言ってたよ」


リビングに入ると
母親の姿ではなく、気のぬけるような、聞き慣れた幼なじみの声が聞こえた。




「…名前子」


「これ見せたくてさー!留守番しながら待ってたんだー」

そう言ってニコニコしながら取り出したのは
少し変わった形のホットケーキ


「くま…?」

「そう!シリコンの型を買ったんだよ〜かわいいでしょ!」


ホットケーキがくまの型になっただけ

それだけなのに

この幼なじみは、なんて幸せそうに笑うんだろう。

まるで世界中の幸せをつめ込んだように。



「てか何か精市、調子悪そ…ぐぇ」

話してる途中だけど、そんなことお構いなしに
名前子を自分の腕の中におさめた


「大丈夫…?何か、嫌なことあった?」


名前子の肩に頭をのせると、子どもをあやすように
ぽんぽんと俺の背中に優しい手の温もりが広がった。


「嫌なことっていうより…怖いこと…かな。でも、もうなんかどうでもいいや」

「なにそれ」

名前子が、優しく笑うのを感じる


それだけで、怖いものなど何もないように思えた。

頭がボーっとしていたことも、どんどん穏やかな眠気に変わっていく



「…うん。もう平気だ」


投げやりになったのではない
なぜか名前子の顔を見た瞬間、全てが大丈夫な気がしたんだ

「ふぅん」

名前子はそれ以上なにも聞かず、相変わらず俺の背中を撫でてくれる。






「ごめん…ベッドまで運んで……」

「え?!ちょっおもっ!重い!」




それからどうなったのか
よくわからない


でもその時見た夢は
俺と名前子が晴れた日の庭で、くまのホットケーキを食べている夢だった。

夢の中でも名前子はあいかわらず笑顔




あぁ…こんなにも君が好きだよ



そう思うたびに、ふわふわと温かくなる心に
体の緊張がほぐれていく。



深い深い眠りに落ちていった