駅は朝から賑やかだ

私は電車通学なので、毎朝同じ電車の、同じ車両に乗る。

その行動が体に染み付いているので、寝ぼけてボーっとしていても
体はきっちりいつものホームに向かっている。


何年も同じ電車に乗っていると、周りの人の顔もだんだん覚えてくるものだ。
話なんかしたこともないのに、顔や、何を読んでいるかはよく知っていて
毎日一緒の電車に乗っている。
よくよく考えれば不思議なおもしろい関係だ。


そんな顔ぶれの中に、最近1人の男の子が増えた。
四天宝寺中学の学ランを着た男の子。

耳にピアスをいっぱいつけて、肩にはいつもテニスバッグ。


顔はすごくキレイで


学校は違うし、名前はもちろん、どんな人かもまったく知らないけど
いわゆる一目惚れというものをしてしまった。



いつもはホームでその彼を見るんだけど、今日はいつもより遅いのか
改札を通る前に遭遇することができた。



お、ラッキー!
タイミングが良く、改札で彼の後ろに並ぶ感じになった



ピッ



彼のICカードが改札にタッチされる


そのすぐあとに私もカードをかざす。


それだけなのに、なんかどきどきしてしまった。


こんなに真後ろで見たの初めて…!


しかも、間接ICカードだ…!

…こんなことで喜んでしまう自分はストーカーの才能があるなぁと思う。


でも嬉しいものは嬉しいんだ


嬉しくて、地に足がつかずふわふわした感じになりながら電車に乗り、学校へ向かった。













今日はいい日だったなー

朝の余韻に浸ったまま、あっという間に放課後になった。
おかげで今日書いた授業のノートは、わけがわからないことになっている。


朝に見た彼の姿を思い出しながら、帰りの電車に乗り
駅の出口に向かった。





ん?
何か落ちてる…


定期入れっぽいな


黒い、シンプルだけどおしゃれな感じの定期入れだ。
中を見ると、ICカードが入っていた。


ザイゼン ヒカル


男の子でも女の子でもいそうな名前だけど…
あ、男って書いてある

年齢は…、同い年か
通学定期だ
うーん、定期って個人情報けっこう載ってるんだなぁ
私も落とさないように気をつけよ

定期入れに入っているICカードの情報からいろいろ推察しながら、駅員さんに預けるために改札へ向かった。










あ…、うそっ
ラッキー!
帰りも会えた!

改札へ向かっていると、朝も見た、ピアスの四天宝寺中の男の子がこちらに向かって歩いてきた。

左右の地面を確認しながら歩いている。


何かを…探してる…?





もしかして…
いや、そんな都合の良いことあるはずない…


期待する自分に、そう言い聞かせながら
でもドキドキ緊張しながら歩いた。



「あっ…」


すれ違う瞬間、男の子が声をあげた。


ちらっと彼の方に目をやると

うっわ…
目が合ってしまった…!



「その定期入れって…」

「あ、はいっ、あっちの方で拾ったんです!」

うわああ
しゃべりかけられちゃったよ


「ちょっと見せてもらってもええっすか」

慌てて定期入れを手渡した



「あ、俺のや。よかった〜」


やっぱりこの人の物だったんだ
ということは、この人の名前はザイゼン ヒカルくん…

名前を知ることができた
その嬉しさに、魔法の呪文のように「ザイゼン ヒカル」という文字が頭の中でくるくるまわる


「拾ってくれてありがとうございました」

ザイゼンくんは、無表情のまま軽く会釈をした


「いえ、ただ偶然拾っただけなので…」


すごい
まさか話せる日がくるなんて


「買ったばっかりやったから、ほんま助かったわ。名字さん」


「いえい………………え?」



今、私の名字…

驚きを隠せないまま、ザイゼンくんを見ると
ぷっと笑われてしまった


変な顔だったんだろう…恥ずかしい



「毎朝駅で会うし。前に友達に名前呼ばれてんの聞いた」



気付いててくれたんだ
私が一方的に知ってるだけだと思ってたのに




「自分も2年?」

「え?あ、はいっ」
緊張してうまく答えられない


「ふーん。そっか。ほなまた明日。ありがとう」




ザイゼンくんは綺麗に笑って、出口の方へ向かって行った。









また明日って…





ザイゼンくんが私の名前を呼んでくれたこと
また明日と言ってくれたこと

今まで想像したこともなかった、浮かれるような出来事に
頭も体もついていかない



明日、勇気を出してあいさつしてみようかな


明日の朝のことを考えると、長いトンネルを抜けたように胸が高鳴った。















(おはよう)
(わっ…お、おはようザイゼンくん)

(なぁ、自分彼氏おるん?)

(えっ?!)