今日の午後の授業は音楽だ。

始まる前にトイレにいきたかったので、友達には先に音楽室に向かってもらった。

ちょっと急がないと授業はじまっちゃうな

トイレから出て、少し急ぎ気味に教室へ向かった。


もうみんな音楽室に行っただろうなと思いながら、教室のドアを開けると
意外なことに、まだ残ってる人がいた




「名字、まだいたのか?」

仁王くんだ…

人がいない教室で2人って
なんて緊張するシチュエーション…


「仁王くんこそ」

「ちょっと寝過ぎたみたいじゃ。…丸井のやつ、俺を起こさんと音楽室行ったな」


悔しそうに言う仁王くんがおもしろくって、つい笑ってしまった。


「…あー、そうじゃ、名字」

「なに?」
仁王くんが何かを思い出したかのように、急にソワソワしだした。


「今度の日曜、ヒマか?」


「………うん」


「映画見に行かんか?チケットが2枚あるんじゃ」


もちろん断る選択肢なんて、私には無い


照れるのを隠しながら、「行きたい」と答えた













「いい?今回こそ絶対告白しなさいよ?!」

目の前で熱くなる親友とは裏腹に、私は目をふせて
お行儀悪くアイスティーをズーッと吸った


「好きなんでしょ!仁王くんのこと!」
「ちょっ声でかい!」

ここは学校からちょっと遠いカフェだけど
立海の生徒がいないとは限らない。

まわりを見渡したが、とりあえず立海の制服を着た人はいなかった。
よかった…


「……好きだよ」

「じゃぁ早く告白しないと!誰かにとられちゃうよ?」

それはわかってるけど…
仁王くんモテるし


「だいたい2人で遊びに行くの何回目よ」


「………3回目です」

そうなのだ
今までも仁王くんが誘ってくれて、2人で遊びに行ったことが2回ある。
その度友達に告白しろ!と迫られていて、私もがんばろうと思うんだけど…
いつも何も言えないまま終わってしまう。


「とにかく、今回こそ勝負よ!」


友人の言葉に、うんっと力強く頷いた。











約束の日曜日
2人で遊ぶのは初めてじゃないけど、毎回初めてのように緊張する。
2人で、というのが慣れないせいもあるけど
告白しなきゃという思いが常にあるせいでもある。


「おはよ、名字」

「おはよう!」

待ち合わせ場所に着くと、いつも仁王くんが先に待っていてくれる。


「ごめんね、待たせちゃって」

「いや、まだ待ち合わせ時間の5分前じゃ。さぁ行くか」

仁王くんはいつも一体何分前から待ってくれてるんだろう

次こそは私が先に来れるようにしよう

…次があるかはわからないけど









今日の映画は、外国の小説を映画化したものだ。

私の好きなシリーズの映画で、すごくおもしろかった。


映画を見てる間は夢中になって忘れてたけど…
今日こそ告白しなきゃ行けないんだ


5階で映画を見終わり、エレベーターで1階へ降りるため、下の矢印を仁王くんが押した。


「映画、おもしろかったか?」
「うん!戦闘シーンがすごい迫力だったね」


「名字、驚いて何回かビクッてなっとったもんな」

「バレてた…?」

そんな話をしている間に、エレベーターのドアがスッと開いた

中は誰も乗っていない






2人きりの空間



これは、告白するチャンス…?





言わなきゃ…





早く…





でもどうやってきり出す?







あ〜もう…!



「にっ…仁王くん!」


「ん?どうした?」



『1階です』

ポーンと軽快な音に合わせてエレベーターのドアが開くと、さっきまでの閉鎖された静けさが嘘のように、にぎやかな声や音があふれてきた


「…おなか空かない?」

もー!私のバカ!












結局言えずに、仁王くんと向かい合って
ケーキを食べている。


何やってんのよ私…



「名字、どうかしたか?」

「え?…ううん!なんもないよ!ごめん」

「ならいいんじゃが…」

ごまかすように笑うと、仁王くんも笑ってくれた




ああ…
やっぱり好きだなぁ



仁王くんの笑顔だけで幸せな気分になれる



せっかく2人でいられるんだから、気難しい顔してたらもったいないな


今は告白のことは忘れて、
仁王くんとの時間を楽しむことに専念しよう



そう決めたとたん、心が少し軽くなって
いつも通り自然に話をすることができた。





楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。


「あ、もうこんな時間か」

「ほんとだ。もう帰らなきゃ」


まだ、帰りたくないなぁ…






お店から出て、2人で駅まで歩き出した。
仁王くんと私は乗る駅が違うのに、いつも改札まで送ってくれる。
家まで送ると言われたけど、改札まででも申し訳ないのに、家までなんてとんでもない。



駅に向かう途中でも、告白しようとタイミングを見計らったけど
やっぱりダメだった


切符を買って
あとは改札に向かうだけ


少しの沈黙


やっぱり
勇気がないや



「じゃぁ…また明日ね」

「ああ。…気をつけてな」



名残惜しいけど
仁王くんに背を向けて改札へ歩き出した。







あーぁ…
今日もダメだった
もう仁王くんも、遊びに誘ってくれないかもしれない


もう次なんてないかもしれない



そう思うと、足が自然と止まった
いつまでもこのままじゃダメだ

でも仁王くんも
もう行ってしまっただろうな




それでも、後ろ姿でもいいから
仁王くんの姿を見たくて後ろを振り返った










「……なんで…」


もう帰ってしまっていると思ってた
後ろ姿だけでも見れたらラッキーって

でも仁王くんはさっきと同じ場所にいて
こっちを見てくれていた


目が合ったかと思うと、仁王くんが人の間をすり抜けて
ぐんぐんこちらに近付いてくる



「名字…!」「はいっ…」

仁王くんの顔は真剣そのものだ

だけど仁王くんはすぐ下を向いてしまって、顔が見えなくなってしまった。
どうしたんだろう




「にお…」
「好きじゃ。俺と、付き合ってほしい」








一瞬何を言われたか、わからなかった
わからないのに、どんどん体中が熱くなって、心臓もドクドク音をたてている。
頭が、ついていかない
ついていかないのに、体は反応してしまっている

それはまさに、ずっと私が伝えたかった言葉で…




どうしよう
こういう時は何て応えたらいいんだろう

わからなくて、仁王くんの目をじっと見るしかできない





「やっぱ…ダメか?」


「っダメじゃない…!」

もっと
ちゃんと伝えなきゃ



「私も、仁王くんが…好きだから…だから、よろしくお願いします…」


そう言い終わると、
仁王くんは私の大好きな笑顔で笑ってくれた。






「やっぱり家まで送る」

「え?!でも遠い…」

「せっかく名字が彼女になってくれたのに、このまま帰るなんてもったいなくてできん」


彼女…!


慣れない単語に浮かれている間に、仁王くんは私の手を握って、改札を通ってしまった。



「今から電車でいっぱい名字の話聞きたい」




ほんとにいいのかなって思ったりもしたけど
私も仁王くんが…か、彼氏っ…になってくれた今日という日を
もっと味わいたくて
うん と大きく頷いた。