今日の部活はただの部活ではない。
場所はいつも通り立海のテニスコートだけど
いつもの練習ではなく、練習試合をするらしい。


「練習試合かー。初めてだなぁ…」

「あーそういや、名字が入ってからは初だな」
丸井くんがガムを膨らましながら言った。


しかも今日の対戦相手は、四天宝寺という大阪の学校らしい。
遠っ!

全国区の強豪校となると、関東を飛び越えて練習試合を組むんだなぁとびっくりした。
大阪の学校かぁ
賑やかな人が多いんだろうか

「大阪かぁ…たこ焼き食べたいなー」
「…お前今言うなよー食いたくなるだろ〜」
「お好み焼き…」
「言うなってば」

丸井くんと私はおいしいたこやきとお好み焼きを想像してうなだれた。
まだ練習始まったばっかりっていうか始まってもいないけど
おなかすいた…


「おい、そこの胃袋底なしコンビ。四天宝寺の部員が来たみたいじゃ」

仁王くんに呼ばれて、コートの入り口の方を見ると
見慣れない緑と黄色のジャージの集団が見えた。

始める前に集合するから と朝に言われていたのを思い出し、少し走って入り口に向かった。


「遠いところ、よく来てくれたね。今日はよろしく頼むよ。」

「こちらこそ。」

幸村くんと四天宝寺の部長らしき人が、あいさつを交わしている。
あの部長さん、腕に包帯巻いてる…?
その後ろでヒョウ柄の服を着た男の子がちょろちょろして、金髪の人に捕まえられてる。
楽しそうだ。

仲良さそうな人達だなぁ。


「これ。ちょっとしたお土産。みんなで食べてや」
そう言って、包帯部長はスイカを取り出した。


スイカ…!!
しかも丸いままの切ってないやつ!!やったー!


「ありがとう。悪いね。練習後にみんなで食べよう。」


「冷やしとくね!」
すかさずスイカを受け取りに幸村くんの側へ行った
おー!3つもある!


「…持てるの?重いよ?」

「あ〜…」

「名字先輩、俺も持つっすよー」

「あ、ありがと」

さすがに3個も持てないので、切原くんに手伝ってもらうことにした。



「スイカ好きなん?」

「へ?あっ…はい」

「そっか。持ってきて良かったわ」


「白石、そろそろ始めようか」
「あぁ、そやな」

白石…包帯の部長は白石くんというのか。
私がスイカを好きだと答えると、すごく綺麗に笑ってくれた。
…モテるんだろうな。
友達が見たら確実に大騒ぎするレベルのかっこよさだ。



「名字先輩、スイカどこで冷やします?あの冷蔵庫じゃ3つも入んないっすよね」

「あー、そうだね!2つはがんばって入れて…1つは氷水に浸けとこっか」

そうだそうだ
私にはスイカを冷やすという使命があるんだ



冷蔵庫に運び終え、切原くんには練習に戻ってもらった。
2つはなんとか入ったし
残りの1つを水道の所へ運び、バケツに氷と水をいっぱいにしてスイカをドボンと浸けた。

ついでに手を浸けると冷たくて気持ちいい
ずっと浸けていたい気分だ





……


あぶない…気持ちよすぎて時間を忘れそうだ

コートからパーンとボールを打つ音が聞こえてきて、我にかえった

急いでコートに戻ると、試合はもう始まってい…



なにこれ




一番に目に入ったのは、ダブルスの試合…なんだけど…

さっきあの人…坊主じゃなかった?アフロの人なんかいた?

え?
なにあれ?

パートナーのを足持って回して…
そのまま打つの?えぇ?

「柳生くん、テニスってアフロの被り物してもいいの?」

「…そうですね」



「スーパーウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐ぃー!!」

隣のコートではヒョウ柄の男の子が飛び上がったかと思うと、日常生活ではおよそありえない爆発音が響いた。

「柳生くん、テニスコート壊れないの?!」

「そうですね。」


柳生くんはさっきから、そうですね と テニプリですから とかわけのわからないことしか言ってくれない。


そのまた隣のコートを見ると、白石くんが試合の真っ最中だ。


ほ…
なんかあの人はまともそうな…

「んんーっ絶頂!」

まともじゃなかった…




私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったんじゃないだろうか。

みんなのテニスを見ながら、心底そう思った。










「おー!うまそー!」

練習が終わる頃、包丁で切り分けたスイカをみんなのもとへ運んだ。

全員にいき渡ったかな?


「ほれ、名字!お前も早く食えよ」

丸井くんが私の分を持ってきてくれたみたいだ。

「ありがとう!」

スイカは真っ赤ですごくみずみずしそう。

「いただきまーす!」

一口かじると、なんとも言えない甘さが広がる。


おいしい…!


「なんか…カブリエルみたいで可愛いなぁ」


パッと上を見上げると、白石くんが優しい目をしてこっちを見ている。


「ガブリエルだなんて…それは褒めすぎだよ白石」


…そうだ
幸村くんに先に言われるのも変な話だけど!
ガブリエルだなんてとんでもない。
天使だよね?!たしか!

どう反応すればいいのか…!

焦って口をパクパクさせていると、金髪の男の子が申し訳なさそうな苦笑いをしながら口を開いた


「あ〜…ちゃうねん。すまん。白石が言うてんのはな、その…ガブリエルと違って……カブリエル」


「へ?カブ…?」
なにそれ
幸村くんもきょとんとしている

「カブトムシのカブリエルや!」

言葉を濁す金髪くんとは正反対で、白石くんは、どや!と言わんばかりの笑顔で言い切った。



「…カブトムシ?」

「俺の大事な家族やねん。栗色の髪の毛とか嬉しそうにスイカ食べる姿がカブリエルにそっくりやわ」


それってつまり
白石くんのペットのカブトムシ…?


理解すると同時に丸井くんと切原くんがお腹をかかえて笑い出した。

天使のことかと思って少しでも照れた自分が恥ずかしい…


「すまんな…白石に悪気はないねん」

「『カブリエルみたい』は俺の中で最上級の褒め言葉やねんけどなぁ…気悪くさせてしもたならごめん」


そう言って眉を下げる白石くんを見ていると、怒る気も失せる。
本気で悪気は無さそうなんだもんなぁ…


「や、そんな謝ってくれなくていいよ。気にしないから」

「ほんま?ありがとう!」


もう笑うしかないよ

ただ後ろでずっと笑ってる丸井くんと切原くんをどうにかしてやりたい










みんなでスイカを食べ終わると、四天宝寺の人達はホテルに帰って行った。明日は東京の学校と練習試合をするらしい。

…個性的な人達だったな


今日1日を思い返して、力無く笑った。



「さぁ、俺達はまだ練習を続けるよ。ほら。しゃんとしなよ。カブリエル」



くそう…!


この悔しさは、生涯忘れることはないだろう。