はじめまして。
私は立海テニス部部長、幸村精市くんと同じクラスのものです。

名前を名乗るほどのものではありませんので
省略させていただきます。

仮に…まぁ少女Aとでもしておきましょう。


最近私は幸村精市くんについての記録を行っております。

正確に申しますと、幸村精市くんと、名字名前子さんについて です。


始めた当初の観察対象は幸村くんのみでした。
しかし幸村くんの観察を進めるにつれ、幸村くんがたまに物欲しそうな目をしたり
大変優しい笑顔をする瞬間があることに気が付いたのです。
そしてその時の彼の視線の先には必ず名字さんの姿があるのです。お付き合いはされていないようですが、お二人の間に特別な何かがあることは明白です。

幸村くんの研究を進める上で、名字さんについての情報も必要不可欠な要素だと判断した私は、名字さんについても観察を始めました。

今まさに数学の時間中、窓際の前から3番目席の幸村くんの視線は、黒板ではなく窓の外へ向けられています。
私は窓際の前から5番目、したがって幸村くんの後ろの後ろの席であるため、授業中は絶好の観察タイムです。
普段は黒板に向かい真面目な態度で授業を受けている幸村くんが、しきりに窓の外を見る…
このような場合、窓の外に何があるのか
長期にわたる観察の結果、そこには必ず名字さんの姿があるということを私はつきとめました。

幸村くんと同じように窓に目を向けると
ほらやっぱり。
名字さんのクラスが体育の授業をしています。
今日は走り幅跳びですか。なるほど。

あ、名字さんが躓きましたね。すかさず幸村くんを見ると、頬杖で口元を隠しながら、大変優しい目をして…あれは恐らく笑っているのでしょう。

幸村くんがあのように優しい目をしている瞬間は、私が調べた上では、名字さんを見ている時か、屋上庭園で花を見ている時か、です。

そうです。
私の幸村くん観察範囲はもちろん屋上庭園にまで及んでいます。なぜなら幸村くんを語る上で、花は切っても切り離せない存在だからです。

屋上庭園にいる幸村くんを観察する際は、私は隣の校舎の屋上の物陰から双眼鏡で観察しています。同じ屋上庭園に私という他の存在がいては、素の状態の幸村くんを見ることはできないのではないかと考えるからです。自分が少々怪しい姿になってしまうのは、いたしかたありません。
幸村くんは毎朝1時間目が始まる前に、屋上庭園へ水をまきに現れます。
双眼鏡から見える幸村くんは、それはそれは幸せそうな顔で、優しい目をしています。

そして水をやり終えた後幸村くんはベンチで少し休息をとり、ある決まった時間になると、すっとフェンスの方へ向かうのです。

そこから見下ろす先には、やはり名字さんの登校する姿が。この時の幸村くんは花を見るような目をしているのです。
一方まさか見られているとは思いもしない名字さんは、大きな欠伸をしたり、なかなか無防備です。

この名字さんという方は、とても自然体な方なのです。そして優しい。私が図書室で勉強をしていた際、偶然隣に座った名字さんが、私のノートを「かわいい」と誉めてくださったのです。私の美的センスはいまいちのようで、私が何よりもかわいいと思うキャラクター、このゴリラのウッホちゃんノートは周りには不評であり、少し寂しい思いをしていました。
しかし名字さんは私のウッホちゃんノートを誉めてくださっただけでなく、「私も好きなんだ」と笑ってウッホちゃん消しゴムを自分の筆箱から取り出したのです。
感動しました。
名字さんが人一倍異性に好意を寄せられているといったような噂は耳にはしませんが、同性からも異性からも好感度が高い方だと思います。


お昼休憩の時間になりました。幸村くんはお昼ごはんは、部室で食べたり教室で食べたりと、一定ではありません。日によってまちまちで法則性がないため、私もお昼は研究を止め、好きな所で食べることにしています。
今日は天候も良いので中庭のベンチで食べることにしました。
お弁当を食べ終わり、今日の幸村くん研究をまとめたウッホちゃんノートに目を通していると、タイミングの良いことに幸村くんが中庭を通りかかりました。
お昼を食べ終えて、教室に戻るのでしょうか。
優雅に歩く幸村くんの後ろから、パタパタと走る3人組の女子生徒が見えます。
あれは幸村くんファンの女子ですね。見た目もなかなか派手な過激派グループで、私などは話をしたことがありません。

そうこうしているうちに、彼女達は幸村くんを捕まえました。何やら彼女達は楽しそうですが、幸村くんはどこか貼り付けたような笑顔をしています。営業スマイルとでも申しましょうか…
やはりそれは、名字さんに向けられる笑顔とは全く違うのです。あ、少し向こうから名字さんがやってきました。とても大きくて、重たそうな物を持っています。あれはおそらく地理の授業で使う世界地図ですね。名字さんは日直なのでしょう。

そんな名字さんの姿を幸村くんも見つけたようで、3人の女子生徒との話を切り上げ、颯爽と名字さんのもとへ駆けつけました。
名字さんの荷物を持って歩く幸村くん。何と微笑ましい光景でしょう。

そんな光景とは正反対で、幸村くんと名字さんの後ろ姿を見る3人組の女子生徒は大変怖い顔をしています。女の嫉妬は怖いものです。名字さんは大丈夫でしょうか…


こうして今日も1日が終了しました。放課後に図書室にでも寄ろうかと、廊下を歩いていた私は、見てしまいました。
あれは、名字さんとお昼休みの時の幸村くんファン3人組です。何やら3人は怖い顔をしています。…人気の少ない体育館へ名字さんを連れていこうとしている模様です。

名字さんが危ない!

思いたった私は、バッと走り出しました。幸村くんに伝えなければ!
この時間、彼は部室に向かっているはずです。教室から部室へ向かう廊下を走っていれば幸村くんに出会えるはず…そう思い、必死で走りました。
ウッホちゃん消しゴムを見せてくれた名字さんの笑顔、あの笑顔が悲しみに歪むなんて耐えられないのです。


いた…!

運良く幸村くんを見つけた私は、必死で声を出しました。


「ゆ…ゆ…きむらくん!」
走り慣れていない私は、息も切れ切れで、とてもみっともない姿だと思います。

「どうしたの?大丈夫?」

「名字さんが…3人組の…女子に、連れて…かれてっ」

「…場所は?」

「たい…いくかん…」

「ありがとう」

幸村くんはそう言うと、走って体育館の方へ向かいました。
疲労で口がうまく回らなかったのですが、伝わってよかった。
しかし私の役目はここで終わりではないはずです。
きちんと最後まで見届けなければ。
棒のようになった足に渇をいれ、体育館の方へ再び走りました。


もう少しで体育館につくというところで、幸村くんファンの3人組の女子生徒とすれ違いました。泣きそうな青い顔をしています。
どうやら幸村くんは間に合ったようですね…


もう少し歩くと、体育館の物陰で、頬をピンクに染めた名字さんと幸村くんが手を繋いで笑い合っている様子が目に入ってきました。






あぁ…きっとうまくいったのですね。


二人を包む雰囲気は、とても柔らかです。



こうして観察を続けていた二人が結ばれる場面を見られるとは、なかなか感慨深いものがあります。





それにしても

私はなぜ幸村くんの観察記録を始めたのか…

そのような昔のことは忘れてしまいましたが


2人が笑い合っている姿を見て一瞬チクリとしたこの気持ち


溢れそうになる涙が、感動のせいだけではないこと




それが答えのように思えてならないのです。