開けっ放しの部室の窓から容赦なくセミの鳴き声が聞こえる

入ってくる風も爽やかなものではなく、もわぁっという音が聞こえてきそうな生温かい風だ


部室に扇風機は1台しかない。部活が終わったものの、暑すぎて着替える気も動く気もおきず、誰1人動こうとしない部室で張り切って首をふるのは扇風機のみだ。


「あちぃ…」

「…あーぁ、みんな我慢して言わなかった禁断の言葉を言っちゃったね赤也」
私はじっとりした目で赤也を見た


「暑いって言ったら余計暑いじゃろアホ」

「なんか暑すぎてガムが溶けそうだ…」

「お前らたるんどるぞ!心頭滅却すれば火もまた涼しだ!」


パキッ
「あ、…真田が暑苦しいからシャーペンの芯が折れたじゃないか」

比較的涼しげな顔して部誌を書いてた幸村も、実は暑くてイライラしていたようだ



「だー!もうガマンできないっす!!」


「あっ!」

血迷った赤也は、扇風機の首ふりを止め、自分の所で固定してしまった


「ちょ…!何してんのよーっあついー!」

「いちばんに暑いって口に出した俺がいちばん暑いんからいいんっす!」

暑さで頭がやられたのか、よく分からない理屈をこねだした


「ゆきむらぁ!何とかしてこの人ー!」

「ダメだよ赤也、そんなことしたらみんなが暑くなるだろ」

「嫌っす!」

「私だって嫌だよ!」

バキッ

力ずくで扇風機を私の方に向けてやった

「何するんすかぁっ」


バキッ


バキッ


バキッ


無言で扇風機の首の向きを自分の方に向かす戦いが、赤也と私で行われた。



「お前らもうやめろよ〜真田より暑苦しいぞ」


「まじで?」

真田より?
わ…やめよう…


私が手を止めると赤也は気持ち良さそうに扇風機の風を浴びた

くそう…


あ、そうだ
何も離れた所で扇風機の向きで争わなくても…


「うわ!名字先輩!何するんすかっ」

「だって私も暑いんだもん。こうすれば一緒に当たれるじゃない」

赤也の近くに座って、扇風機の風を浴びた


涼しい〜


「ちょっ…近い!近いっすよ!」

「しょうがないでしょー。この扇風機あんまり大きくないんだから」


「せめてもうちょっと離れてくださいよ!」

「やだよ!これ以上離れたら風あたんないし」

「うわっ腕当たってますって…っ」


この不毛な争いで余計暑くなったのか、赤也は耳まで赤い。
赤也なだけに




「もういいっすよ…!」

そう言うと赤也は走って部室から出ていってしまった。


「せっかく仲良く涼しくなろうと思ったのに〜」

まぁいいけど
これで平和に平等に涼しさがやってくるはずだ


「すごいね、名前子。力ずくじゃない方法で赤也を降参させるなんて。北風と太陽の話みたいだ」
そう言って幸村がフフッと笑った


「惚れたもん負けやのぅ」

「かわいそうな純情赤也」


「?なにそれ?」


仁王とブン太がニヤニヤしてるけど暑苦しいからムシだムシ。
よくわからないけど、少しの間でも扇風機を独占できて涼しくなったので、扇風機の首がまわるように設定し直した。


そうだ、みんなでアイス食べにいこって誘ってみよう

つめた〜いアイスを想像すると、夏も悪くないなぁと思えた。