冬の寒さも和らいで、外の空気がすこしふんわりしてきたこの季節。


今日はいつもに増して学校が騒がしいです。


「ね、もう渡した?」
「まだ!周り女子ばっかでなかなか近付けないの!」

そんな会話がそこら中から聞こえてきます。
ですがそれは仕方のないこと、なんといっても今日は学校の王子様、幸村君のお誕生日なのです。

朝から大勢の女の子が浮き足立っているように見受けられます。

かくいう私も、平静を装ってこうして中庭で読書をしているわけですが…
内容がまったく頭に入りません。

プレゼントらしいプレゼントは用意していませんが、先日見つけた四葉のクローバーをしおりにしたものを用意しました。
これをさりげなく……幸村くんがプレゼントなどと大袈裟に考えないように渡したいのですが…

なぜなら幸村くんには名字さんというとても素敵な恋人がいらっしゃいます。本来であれば恋人がいる方にプレゼントを渡すという行為はいけないことなのかもしれません。

でも、何かお祝いしたい。
中学生活ももうすぐ終わってしまいます。高等部に進学してしまえば、更に生徒も増え、また幸村くんと同じクラスになれる確率はとても低いと考えられます。
私など、幸村くんの視界に入ることすらできないだろうと思うのです。

だから、最後に……

そんな私の我儘を、最初で最後の我儘を
貫かせていただきます…!

あぁ…私はなんて自分勝手なのでしょう。

罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、私は中庭のベンチに居座り続けました。

今までの研究結果から、もうすぐ幸村くんがここを通る時間なのです。

中庭が、ちょうど人通りの少なくなるこの時間。

きっと幸村くんも、日々の喧騒からの解放感や癒しを求めて
ここにやってくるのだと思われます。

そんな場所に私なんかが待ち構えていてごめんなさい…でも、すぐ帰りますから…!
このしおりをわたせば、すぐに…!

さっきからまったくページのすすまない、本を持つ手に力が入ってしまいます。

俯いて、閉じる瞼にぎゅっと力が入っていると
ゆったりとした足音が、ゆっくりゆっくり近付いてきました。


その音がする方を見ると、太陽の光がスポットライトのように幸村くんを照らしていて
きらきら光る髪の毛や
俯く睫毛の影さえもとても綺麗で
まるでスローモーションのよう。


「あれ、中庭で会うなんてめずらしいね」

私に気付くと、幸村くんは微笑んで話しかけてくれました。

クラスメイトといってもそこまで親しくない私に気さくに話しかけてくれる…幸村くんは本当に素敵な方です。


「…こ、こんにちは。」

これだけ言うのが精一杯。

幸村くんは両手にプレゼントと思われる袋をたくさん持っています。


「今日、お誕生日なんですよね?お、おめでとうございます!」

「あぁ…うん、ありがとう」

幸村くんは一瞬、私が誕生日と分かったのかと驚いたようでしたが
自分の抱えた荷物を見て、納得したように、すこし困ったように笑いました。


「あの……!私、大したものは持っていないのですが……!」

顔も見れずに両手で差し出した、四つ葉のクローバーのしおりは
他のプレゼント達と比べると
あまりに質素で

幸村くんには釣り合わない

まるで自分自身のような存在



「すごい、四つ葉だ……もらってもいいの?」

幸村くんの楽しそうな声が聞こえ、必死で首を縦に振る。


「ありがとう!綺麗だね。使わせてもらうよ」

すっと私の手からしおりが離れ、さっきまで私の手の中にあったものを
幸村くんが太陽に透かたりして楽し気に見つめています。

いつもは大人びた雰囲気なのに、今は無邪気な少年らしい表情…

目が離せません。


「では、私はこれで」


私は頭を下げ、名残惜しさを振り払うように足早に立ち去りました。


幸村くんが四つ葉のクローバーを手にして笑ってくださった瞬間を
私は決して忘れないでしょう。

あなたと一緒に幸せになりたい、そんなおこがましいことは言いません

だからせめて、あなたにたくさんの幸せが降り注ぐよう…

お祈りさせてください。


お誕生日、おめでとうございます。