部活が始まる15分前

部室のホワイトボードに書かれた練習メニューを部誌に書き写す作業。

テニス部マネージャーである私の日課だ。

柳の達筆な字を目で追っていると、部室のドアが弱々しく開いた。

「おーっす…」

「どうしたの?元気ないね」

いつもは元気いっぱいのブン太なのに
今日はやたらとテンションが低い登場だ。
いつも器用に膨らんでいるガムが、今日はパチンッとはじけまくっている。


「…彼女と喧嘩した」
顔にへばりついたガムを、イライラしたように剥がしながら
ドカっと私の隣のイスに座った。


「なんで?」

隣に座るってことは、聞いて欲しいのかな〜と思って
とりあえずワケをきいてみることにした。


「昨日彼女の誕生日だったんだけどよー、どうせ今日学校で会うからさ、メール送らなかったんだ」

「ほぉ…」

「そしたら今朝、『なんで0時ちょうどにメールとか電話してくれないのよ!』ってキレられた」


なるほど…

「だって夜中なんて寝てるかもしれねぇし起こしたら悪いだろ?しかも誕生日当日に会っておめでと〜って言えりゃ何も問題ねぇだろ……あぁまじ女ってわかんねー」

「まぁ、大概の女子はメールとか電話好きだしねぇ…」


「やっぱそーゆうもん?おまえもメールとか電話ほしい派?」

机に項垂れたブン太がじろりとこちらを見る。


「私もほしいかなー!だってなんか、愛を感じるじゃない?」


「そうなんだ。」
想像してうっとりしてると、ブン太とは違う方向から声が飛んできた。


「それって、付き合ってもない男からでも嬉しいの?」

私の向かいで資料をチェックしていた幸村が、急に話に入ってきた。
聞いてないかと思ってたのにちゃっかり聞いてたのか。


「嬉しいよ!なんなら意識してなかった人でも好きになっちゃうかも!」

「それはおまえがモテねぇからだろ」

「うるさいな!」

ええモテませんよ!悪かったな!
憎たらしいブン太の肩をバシンと叩いてやった。


「仲直り…どうしよ…」

「花でも買ってプレゼントしたら?」

「はなぁ?おまえ、そんなこっ恥ずかしいもんが買えるかよ!中学生男子の繊細さ舐めんな」

ありえねー!とブン太が顔を机に押し付ける。

「だいたい花なんてもらってどーすんだよ」

「飾る!いやー、花はいいよ?花プレゼントされるってすごい愛されてるなーって思うもん」

「おまえさっきからそればっかだな…」

だって本当なんだからしょうがない。

「きっとすっごく照れながらも私のために買ってくれだんだろうなー!って、買ってるとこ想像しながら花束見るの。すごい幸せ感じそう!」

「悪趣味なやつ…」

「まぁがんばりたまえ」

たいした喧嘩でもなさそうなので、私は再び部誌に向かった。

「すぐ仲直りできそうだね」
そう言った幸村と目を合わせて笑った。


誕生日かー、彼氏に祝ってもらえるなんていいなー
実は私も3日後誕生日なんだよね。

まぁ彼氏はいないし?
ブン太が言うようにモテないし?

特にわくわくするようなことなんてないんだけど!


それでも誕生日ってやっぱり嬉しい。

誕生日を迎える前の23時55分。
いつもならとっくに爆睡してるけど
今日はもしかしたら友達がおめでとうメールを送ってくれるかもしれない…

そんな期待を胸に、眠い目をこすって布団の中で携帯を握りしめた。


まぁでも実際、ブン太の言うとおり
明日学校あるし
メールはこないかな……
どんどん薄くなる意識に任せて眠ろうとした瞬間

ブルブルッと手の中の携帯が震えた。


『誕生日おめでとう。起こしたらごめんね。』


きた!
送り主は………



幸村?



画面にうつる、幸村精市 の文字に
一瞬頭が働かない


これって…この前のブン太との会話を覚えてくれていたんだろうか…

幸村だって明日も早いのに
わざわざ起きていてくれたんだろうか


いろいろ考えているうちに、どんどん鼓動が早くなる。


なんなら意識してなかった人でも好きになっちゃうかも!

自分の呑気な声が頭に浮かぶ。

いやいや、なに意識しちゃってんの私!
きっとただのジョークなんだから!

落ち着けと言い聞かせ、
ありがとう と返事をうった。


よし、もう寝よう


胸の鼓動をおさめようと、大きく呼吸をして目を閉じた。




明日の朝、幸村が花束を持って待ち構えているなんて
この時の私は知る由もない。