私の通う、立海代付属中学は夏休みでも関係なく練習をする部が多い。

今日だって、うるさいくらいの蝉の声に負けないくらい
金属バットの音や、笛の音、体育館やテニスコートからボールの音が聴こえてくる。
かくいう我が水泳部も毎日毎日屋外プールで絶賛活動中だ。



「今日の練習はここまで!あと1時間だけプールの使用許可がおりてるから自主練する人は水分補給に気をつけること。じゃあ解散」

キャプテンの声に返事をし、それぞれロッカーに戻ったり
自主練を続けたり、思い思いに動き出した。


私は再びプールに入りすうっと軽い平泳ぎでプールの端へ向かった。
今日はほとんど人が帰ったから、一人1レーン使える。ラッキーだ。


端に近付くたび、どんどんテニスボールの音が近くなる。

プールの端に到着すると、足をつけ
ゆっくりフェンスの向こうへ目をやる。


一目みるだけで、どくんと心臓が高鳴った。


今日も、見れた



幸村くんが試合形式の練習をしている。

こんなに暑いのに、その姿はなぜか涼しげだ。

こんな風に遠くから見られてるなんて、思いもしないだろうなぁ…私だったらこんなことされてたら絶対やだもの。怖すぎる。

でも私のような平凡な女子では、幸村くんと話す機会なんてないのだ。
少しくらいは大目にみてもらいたい。

恋する乙女は引っ込み思案なのだ。



見つからないように、プールから体は出さず
こっそり幸村くんを見られる秘密の場所。

水の音がちゃぷちゃぷ揺れる。


こうしていると、おとぎ話の人魚姫も
こんな気持ちで海から顔を出していたのかなぁと思う。

決して姿を見られてはいけなくて
でも見ていたくて


でも人魚姫は勇気を出して王子様に会いに行くんだよね。
こんなところで見ているだけの私とは違うや。


考え事をしている間に、幸村くんの試合は終わったらしく
姿が見えなくなってしまった。


今日のお楽しみの時間もおしまいだ。

残念、と仰向けに水に浮かんだ。


目にうつるのは真っ青な空
耳にはいるのは水が跳ねる音


夏だなぁ…

卒業まであと半年と少し
このまま見ているだけで終わるのかな

私も
きっかけがほしい、勇気がほしい


もの思いにふけっていると、小さなものがひゅうっと飛んで行くのが見えた。

鳥?

気になって足を着けると、ぽちゃんと何かがプールに落ち
ぷかぷか浮かんでこっちへやってきた。


テニスボール……?


さっきの飛行物体はテニスボールだったのかな?

浮かびながらこつこつ二の腕にあたるボールを手にとって、まじまじと見た。



「すみません、ケガはなかったかな?」


フェンス外から声が聞こえ、たぶんボールのことだろうと振り返った。


「当たらなかった?本当に、ごめんね。」


「…………わっ…」


きっとボール拾いの1年生が取りにきたのだろうと思いきや

なんとそこには部長の幸村くんの姿が…


な、んで?!なんで幸村くんがわざわざボール拾いに?!!!!?!

頭の中がビックリマークとハテナマークでパンクしそう
胸から下は水に浸かっているのに今すぐ頭の先まで潜りたいほど体が熱を発してる


「ちょうど職員室へ向かう途中でボールが飛んでいくのが見えたから取りにきたんだけど…もしかして体に当たった?」


なるほどー!
テニスコートから職員室へ行くまでのところにプールがあるもんね!
だから幸村くんが来たのかー!

必死に理解しようとするも、焦りで何もできない私を
心配そうに伺う幸村くん。
なんて心優しい人なんだ…

でも、これ以上はさすがに申し訳ない

はやくボールを、返そう


「……だ、大丈夫!誰にも、当たってないから…」

そう言いながら、プールの中をざぶざぶ歩いて
幸村くんのいるフェンスの側へすすんだ。

プールサイドの濡れていない所にボールを置き
自分もプールから出よう、とプールサイドに両手をつく。


「どうぞ…」

少しいがんで網目が大きくなったフェンスの部分から、幸村くんにボールを手渡した。


「ありがとう。邪魔してごめんね。」

「ぜんぜん!」


最後ににこっと微笑み、幸村くんは職員室へ向かって行った。


なんにも、気の利いたこと言えなかったな…
せっかく話せるチャンスだったのに


でも、ほんの数秒だったけど

初めて二人で話した

気分が高揚して今すぐ走り出したいほどだ。

ボールを渡す時に、すこし触れた指が
燃えるように熱い。


このままプールに戻ったら、蒸発して消えてしまうんじゃないだろうか

だけど

こんな幸せな気分で泡になって消えてしまえるなら
それでも構わないと

本気でそう思った。