夏休みらしい晴天。
今日は特に予定もなく、クーラーをつけてベッドにゴロンと転がった。


携帯を触ってみたけど特に誰からの連絡もなく。


窓に目をやると、明るい空に鳥がデートでもするかのように2羽仲良く飛んで行った。



「寂しい…」


思わずひとり言がとびだした。


…幸村くんに会いたいなー


幸村くんは同じクラスの男の子。
とてもかっこよくてとても優しいうえに、テニスもうまくて頭も良いすごい人。

夏休みを持て余す私とは違って、彼はきっと今日も部活で汗を流していることだろう。


学校がある日は、放課後にテニスコートでの爽やかな幸村くんを遠くから見るのが日課だっただけに
夏休み中は幸村くん欠乏症になりそうだ。


幸村くんに会うにはどうしたらいいんだろう。
街で会う確立なんてとっても低いし…


学校に行ってみようかな…


そうだ、今なら確か図書室が開放されているはず

ちょっと図書室に用事があるんですよっということで学校に行けば、何も不自然ではない!はず!

幸村くんを一目見れば、きっとこの寂しい気持ちも吹き飛ぶはずだ。


そうとなれば善は急げだ。

さっきまでのだらだらした動きからは考えられない機敏な動きで制服に着替え、
いつもより丁寧に髪を整え学校に向かった。


幸村くんに会えるだろうか、
今日は練習試合で他校に行ってるとかないよね…
そわそわしながら電車に乗り
やっと学校に着いた。

ドキドキしながら校門をくぐると
部活中の生徒の声や、テニスボールを打つ音が聞こえてきた。

その音に誘われるように、テニスコートへ向かう。



幸村くんは……


あ、

いた…


いつものように肩にジャージを羽織り、部員に指示を出してるようだった。


綺麗だなぁ…

遠くからからでもわかるキラキラしたオーラに思わず見惚れた。


もっと見ていたいけど、あんまりここにいるとバレちゃいそうだから


とりあえず不自然にならないよう、図書室にも寄ることにした。


せっかくだし読書感想文の本を借りておこうかな。


特に読みたい本もなく、入口に近い棚から順番に見ることにした。


哲学や心理学、いろんな棚を通り過ぎ
やっぱり感想文なら小説系が良いかなーなんてぼんやり考えていると
植物系の本棚に辿り着いた。

花の育て方の本がたくさん。

そういえば幸村くんは花壇にもよくいるなぁ…

そう思うと、ふとその棚で足が止まり
何冊か本を物色しては
幸村くんが読んでそうだなぁと頬がほころんだ。


「あ、これ…」

偶然棚から取った本

この表紙、見覚えがある。

たしか幸村くんが教室で開いていた気がする。
ハイビスカスに似てる花の表紙がかわいい。

私も借りてみようかな。


あとは適当に目についた、分厚くない読みやすそうな小説を何冊か手にとって
貸し出しカウンターへ向かった。


5冊借りたので、カバンに入れるとけっこう重い。



幸村くんが借りていた本をめくりながら
、ほとんど人がいない中庭を歩いた。


夏の花の本かー
育て方とか調べてたのかな?
いろいろ想像しながら目を通すと、気持ちがうきうきしてくる。


360°から聞こえてくるセミの声
じりじりするような太陽の光
キラキラ反射する葉っぱ

汗が背中を伝うのがわかる。


暑いはずなのに、本に集中すると
セミの声や部活中の生徒の声が遠くに聞こえて
不思議と暑さを感じなかった。



「あれ?名字さん?」

私の意識を一瞬で引き戻すこの声は


「学校来てたんだ。」

「ゆ…幸村くん!」


目の前の幸村くんを目が捉えたとたん
意識がはっきりし、周りの音のボリュームが一気にあがった。


「あれ、その本…」

「え?…あ、図書室で、かりてきたんだ」


まさかこうして話せるなんて…!


「俺もそれかりたことあるよ。おすすめ。」

「そ、うなんだ。偶然だね!…なんか表紙の花がきれいでついかりちゃった。」


「あぁ、ノウゼンカズラだね。夏っぽくて良いよね」


あ…ハイビスカスじゃないんだ



「幸村くんはまだ部活?」

「うん、今日は夜までみっちり。」

こんなに暑い中でも幸村くんの笑顔はとても涼しげだ。

「暑いのに大変だね」

「名字さんも熱中症とか気をつけてね」


それじゃあね、と幸村くんはテニスコートへ戻って行った。


木漏れ日の中へ幸村くんの背中がきらきら消えて、見えなくなるまで見つめてた。


話、できちゃった。

幸村くんも読んだという本を握る腕に、ぎゅっと力が入る。


会えたらいいなと思ったら
ほんとに会えてしまった。


さっきの会話が頭の中でループしている。



…会えたら寂しさがなくなると思ってたのに

おかしいな

会う前より寂しくなってしまった。

もっと会いたい、もっと話したいと思うようになってしまった。


この気持ちにきっと終わりはないのだろう。

愛しくて、嬉しくて
でも泣きたくなるような気持ち

大事に大事に、胸にしまった。