幸村くんはテニスが強い

幸村くんはかっこいい

幸村くんは優しい

同じクラスの幸村くんは
まさに才色兼備といった人だ。

クラスだけでなく学校中の人気者。


そんな幸村くんに淡い恋心を抱いてしまうのは
思春期の女子としてしょうがないことだ。


廊下で友達に囲まれて笑っている幸村くんは今日も美しい。
幸村くんの上にだけライトでもあるんじゃないかと思うほどキラキラしてる。

見てるだけで幸せだなぁ、と
遠い世界で起こっている出来事のようにのんびり眺めた。


「名前子もあの輪に加わってこれば?」

親友のたまちゃんが、机に頬杖をつく私の腕をつんつんしながら言った。


「えー、いいよー見てるだけで」

「そんなのんびりしたこと言ってたら誰かにとられちゃうよ」



…それは、ちょっと悲しいけど


私みたいな平凡な人間ががんばったところで
幸村くんに好きになってもらえるわけがない。



でも、もし幸村くんに彼女ができたら
すごく悲しくなるんだろうなぁ



でもでも、この間かわいくて有名なあのジョウガサキさんからの告白も断ったって噂だし

幸村くんは今は彼女をつくる気がないんじゃないかな、とどこか安心している自分がいる。


「いいの、見てるだけで」
廊下にいる幸村くんに再び目をやると、だらしなく頬がゆるんだ。
あぁかっこいい



「もったいないなぁ見てるだけなんて。名前子けっこう男子に人気あるんだよ?」

「そんなのウソウソ」


たまちゃんの話を軽く受け流し、
幸村くんをじっと見た。


幸村くんと一緒に話してるのは、同じクラスのハナワくんだ。

何話してるんだろう。

男の子同士の友情ってなんかいいよね、なんて呑気に考えていたら
幸村くんが急にこちらを見た。

やば。


さっと目を逸らしたけど…
見てたのバレたかなぁ


恥ずかしい…!


普段通りを演じようと、ガサゴソと次の数学の授業の準備を進めた。

えーっと教科書教科書…




「問11、解いた?」

聞き覚えがありすぎる声に顔をあげると
やっぱり

いつのまにか幸村くんが私の席の前に立っていた。


「問11…?」

見ていたのがやっぱりバレたんだろうか…!
恥ずかしさで頭が混乱して問11のことなんか考えられない


「今日名字が当たる日だろ?」

「……あ!!」


そういえばそうだった!

一昨日に先生がそんなこと言ってたな…
さらっと見て簡単そうだったから後でいいやと思ってそのまま忘れてた!


「そうだった!ありがとう!」


慌てて教科書を開き、問11の問題文に目をはしらせた。



えっと……

えーっと………


あれ…………?




難しいじゃないか!!


問題文がシンプルだから簡単だろうと思ってたのに

難しい!



なんとか解いてみるも、いまいち答えらしくない数字しかでてこない。


これ合ってるのか???


そんな私を見かねて、幸村くんが「かして」とノートの上をさまよっている私のシャーペンを取った。



「ここ、プラスじゃなくてマイナスだよ」


「え?…あ、そっか!」


教えてもらったとおり式を書き直すと、なんとか答えらしい数字に辿り着いた。


「ありがとう!幸村くん!」


「どういたしまして。……あのさ、」

幸村くんが何か言おうとしたところで、次の授業が始まるチャイムが鳴った。


幸村くんは何を言おうとしてたんだろう。




その日の授業は全て終わり、靴箱からローファーを取り出したところで
ふと今日の出来事を思い返した。

今日も幸村くんと話せて幸せだったなぁ。

幸村くんて人気者なのに私みたいな平凡女子にもちゃんと毎日話しかけてくれるんだ。
そういうところもみんなが惹かれる要素なのかも。

今日なんて数学も教えてもらっちゃったし…


「あ!」

数学といえば……プリント…数学のプリント持って帰るの忘れた!
明日までの宿題だった!


電車に乗る前でよかったー

人気のない廊下をパタパタと進み、教室へ向かった。


みんなすでには帰ったり部活に向かったみたいで、教室には誰もいない。


イスをひくとカタリと大きく響く。
誰もいないとどんな音でもよく響いちゃうんだよね。

教室が広く感じる。
みんなの教室を独り占めしてるみたいで気持ちが良い。


その時、ガラッと教室のドアが開く音がした。


「あれ?帰ってなかったの?」

「ゆ、幸村くん…!」

幸村くんはスタスタと自分の席へ向かい、机の中からノートを取り出した。


「忘れものしちゃって…取りに戻ったの。幸村くんも?」


「うん。部活のノート」
静かな教室に、二人だけの声が響く。
心臓がドクドク鳴る音も聞こえてしまうんじゃないかと思うほど静かだ。

みんなの教室だけでなく、みんなの幸村くんをも独り占め。

こんな時間がもっと続けばいいのにな。


見てるだけでいい、なんて
自分から幸村くんに話しかけられない臆病な私の言い訳だ。

本当は、幸村くんを独り占めしたいんだ と欲望に忠実なもう一人の自分が囁いた。



「あのさ」

忘れ物を手に取った幸村くんは
まだ部活に戻ろうとせず、さっきの休憩時間の時のように
私の席の前にやってきた。


「俺、好きな子がいるんだ」

「…え?!」

まだ告白してないのにフラれた?!

やっぱり今日見てたのバレてたんだ…!!

私がフラれる前にさりげなくふってあげようという幸村くんの優しさだ…

さようなら、私の青春



「そうなんだ…………」

それだけ言うのが精一杯。
頭が真っ白で気をぬいたら涙が出そう。


早くこの場を去りたくて
じゃあね、と席を立った。



「誰か気にならないの?」

「え…」


そりゃ…気にならないと言えばウソになるけど
今はそんなどころじゃない。

はやく一人になって思い切り泣いてしまいたい。

なのに幸村くんは、私を帰そうとしてくれない。


「ジョウガサキさん…とか?」



とりあえず思い浮かんだ人物の名前をあげると、幸村くんはハァっと大きくため息をついた。



「バカか君は」

「なっ…」

バカ?!

バカって言われた?!

あのお上品な幸村くんに??!



「この状況でなんで全然関係ない人の名前を言えるの。鈍いとは聞いていたけど予想以上だよ」

「すみません…」


私が悪いのか?と疑問に思いながらもとりあえず謝ると
幸村くんが私の頬を両手で包んで
ぐいっと上を向かされた。


幸村くんの瞳にうっすら映る自分の顔が見える。




「俺が好きなのは名字だよ」


「…………………は?」



考えに考えて考えこんで
しぼりだした言葉は息なのか声なのかなんなのかわからないような情けないものだった。



「ウソ、だ」


「ウソなわけないだろ」


幸村くんの手に包まれた私の両頬が
ぐにゃっと中心に寄った。絶対変な顔になってる。


「それで。君は俺のこと好きなの嫌いなのどっち」


直球な質問に、再び私の心臓がドクンと跳ねた。


心なしか、幸村くんもいつもより少し早口で頬も…赤い、気がするいつもの余裕が、あんまり感じられない。

そんな今まで見たことない幸村くんも素敵だ。

好きに決まってる。

大好きだ。

ずっと見てたんだもん。




「好き、です……」

ポロリとこぼれたのは言葉だけでなく
自然と目から涙が落ちた。


なんでだろう

悲しいわけじゃないのに。

好きと言葉にしたとたん、せき止めてた気持ちが溢れるように
涙が止まらなかった。


「わっ…」


頬から幸村くんの手が離れたかと思うと
今度は顔も見えないくらいに
ぎゅっと抱きしめられていた。


「テニスでもこんなに緊張したことないのに」


顔を除きこもうとしたら、更に強く抱きしめられてしまった。

でもそのせいで、私と同じくらいドクドク跳ねる
幸村くんの心臓の音が聞こえた。