街中がピンクやハートだらけで
嫌でもバレンタインを意識させられるこの季節。


デパートのチョコレート売り場に足を踏み入れると、かわいいチョコがいっぱいで
ガラにもなくこのイベントに参加したいな〜、なんてうずうずしてしまう。


私もテニス部マネージャーとして、部員に配ってもいいのかな…

でもなぁ…あの人達すっっごいモテるからなぁ…

立海でも屈指のモテ男集団だ。
チョコなんか文字通り腐るほどもらうに違いない。

そこに私がチョコなんてあげても
別に嬉しくないんだろうなー…


でも悲しいかな、部員以外にあげる相手がいない。

恋人もねぇ!片思いもしてねぇ!

でもこの乙女の祭りに参加したいんだよー!

あ!ほらこのラッピングリボンちょーかわいい!
この箱も!


…もう買っちゃえ!
今回渡せなくても、いつか何かに使うかもしれないし!



という葛藤をしたのが5日前

ついにバレンタイン前日がやってまいりました。

作った(というか溶かして固めただけ)チョコを8つの袋にわけて
かわいいリボンで結んだ。


「できちゃった…」

我ながら良いデキである。かわいい。


これをいつ、どのタイミングで渡そう。彼等がチョコをたくさんもらってから渡すのはなかなか勇気がいる。

朝練の前にさっさと渡してしまおう!
挨拶と同時に渡してしまえば自然にできるはずだ!

となればなるべく早くから部室でスタンバイしている方が良いだろう。

よしっと気合いを入れて、いつもより早くベッドに潜り込んだ。





そんなこんなで次の日の朝。
部室の前まで辿り着いてしまいました。

この時間ならたぶん幸村がもう来てる。
おはよう!と同時にチョコを渡すんだ。
できる、できる、やれる、やれる…
人人人


意を決してドアを開けると、予想通り
幸村がイスに座って部誌に目を通していた。

「おはよう、名前子。今日は早いね。」

「おはよー。なんか早く目が覚めちゃっ………それ…」

「あぁこれ?校門のところでもらっちゃった。」


侮っていた…
侮っていたよ、恋する乙女達を!


幸村のそばには、すでにチョコらしきかわいいプレゼントが複数置かれていた。
昼間より競争率の低い朝を狙った女子達がチョコを渡すために早起きして校門で待っていたのだろう。


「そっか〜、よかったね…」

でもまだこれくらいの量なら、チョコに飽きたということはないだろう。

よし、今渡しちゃえ!

「あのさ…」
「おーっすーー!」

私の声をかき消すほどの勢いで部室のドアが開いたかと思うと、
ブン太が満面の笑みでやってきた。


てかそれ……

「見ろよ名前子、朝からこんなにチョコもらっちまったぜー!」


私の視線に気が付いたブン太が
嬉しそうにもらったチョコを自慢してきた。

くそぉ…人の気も知らないでっ

それにしても朝からすごい量だ。
さすが普段から甘いもの好きでとおってるだけある。

呆気に取られている間に、他のレギュラー陣も
それぞれチョコらしき袋を持って
部室に入ってきた。

誰にもらっただの何だのと大盛り上がりで、とても渡せる雰囲気ではなくなってしまった。


もう朝は諦めよう…
今日は昼休みにミーティングがあるし、その時に渡そう。


その後、お昼までにも渡す隙はないかとみんなを観察してみたけど
教室でも廊下でも校庭でも
常に女の子がそばにいるようだった。


やっぱりあれだけ貰ってたら
私のチョコなんてもういらないかなー…


お昼ご飯を食べてから、ミーティングのために部室へ向かうと
朝より更に増えたチョコが机の上にどーんと置かれており、みんなそれぞれ味見してるようだった。

幸村や柳生のは高級そうなチョコ
赤也やブン太は見た目もかわいらしいチョコ
真田や柳、ジャッカルにはビターっぽいチョコ
仁王のはスタンダードなものから何かよくわかんない個性的なチョコまで

う〜ん、みんなそれぞれの好みをよく考えてますなぁ…


「すごい量だね…」

「バレンタインってほんと良い日だよなー!あ、名前子も食う?」

「遠慮しとく…」


もりもりチョコを食べるブン太のとなりで、見てるだけで胸焼けしそうだといった表情の仁王がコロッケパンをかじっている。


「しっかしいくらチョコが好きとはいえ、ちょっと飽きてくるな〜。ポテチが食いたくなってきた」

わーーー!
飽きてきたとか言われたーー!
まだ渡してないのに!
…そうか、しょっぱい系で攻めればよかったかも……


「お、仁王のそれ手作りじゃん。愛されてんねぇ。食わねーの?」

「手作りは何がもられてるかわからんからのう」


わーーー!
手作り拒否されたー!
しまった…そうか、そうだよね
彼女でもないのに手作りなんて
迷惑だよね…


もうダメだ
私のライフはゼロだ…


もういい…
もういいよ


結局昼のミーティングでも渡せず
渡せるとしたら、あとは放課後の部活の時

でももうやめた。
なんか疲れちゃったよ。
ガラにもなくチョコなんて用意するからこんなことになるんだ。

渡すのを諦めたとたん、肩の荷が下りた気がしたけど
なんだか少し寂しかった。


このチョコ
どうしようかな
お父さんの分は家にあるし…



「あーぁ、俺ら今年もチョコ0個かよー」
「まぁ慣れっこだけどなー」


あれは…
うちのクラスのモテないボーイズのザキヤマくん達じゃないか。

持って帰っても余るだけだし
彼等に貰ってもらおう。
義理中の義理で申し訳ないけど…

こんなのでもがんばって作ったチョコだ
捨てるのはあまりにも悲しい。


「ねえねえ、よかったらこれ…ぐえっ」

カバンから出したチョコを渡そうとしたところで
後ろから何者かに、ネコのように首根っこを掴まれた。


「な!何すんのっ…よ…………幸村?」


後ろを振り返ると、呆れたような
不機嫌そうな幸村の顔と目が合った。


「ごめんねザキヤマくん達。名前子はどうやら人違いをしたみたいだ。」


幸村は私から目を反らすと、
訳が分からずポカンとするザキヤマくん達にニコリと笑ってから
さっさと歩き出した。

首根っこから私の腕へと移動した幸村の手によって
そのまま引きずられるようなかたちになっている。


「ちゃんと歩くから離してよー!」

「ダメ。名前子を教育しなおさないといけないみたいだ。」

「き…教育?」


なんなのよ!もう!


ずるずると辿り着いた部室には
レギュラー陣がすでに勢揃い。


強制的にイスに座らされ、事情聴取のような電気スタンドの明かりをつきつけられた。


「さぁ出すもん出してもらおーじゃねぇの、名前子ちゃんよお」

「名前子先輩の隠してるもの、わかってんですよ〜」

なんてがらの悪い!
ノリノリのブン太と赤也から顔を背けても、その先には更に悪そうに笑う仁王と柳


「なによ!隠してるものなんて…」

「いつもより早い登校、何か言いたげな目、そして今日は2月14日。隠し事をしているのは明白だ。そして名前子は隠し事をする際、執拗に髪を触る癖がある。」


その柳ノート怖いんですけど!
パッと髪から手を離して柳を睨むと、余裕たっぷりの笑みが返ってきた。


「俺達を差し置いて他の男にチョコをばら撒くような子に育てた覚えはないよ?」

「幸村に育ててもらった覚えはありません」

「へらず口をたたくのはこの口かい?」

「ひたひひたひひたひ!!」

女子の頬をぎりぎりと容赦なくつねるなんて!

でももうバレているなら隠していてもしょうがない。
ひりひりする頬を撫でながら、カバンからチョコを取り出した。


「どうぞ…」


家で見た時はかわいくできたと思ったけど
みんなが他の女の子に貰ってきたかわいいチョコを見たあとでは
私のチョコなんてしょぼすぎる…


情けなさに俯きながら一人一人にチョコを手渡した。




「うん、うまいじゃん」

最初に声をあげたのはブン太


「ふむ。まぁ合格、といったところか。」
…なんか偉そうな柳


「思ってたよりまともやの」

「…仁王も食べてる」

「?あたりまえじゃろ」

「だって!手作りいらないってさっき…」

「あれは話したこともない女子のはって話。うちのマネージャーが毒もるわけないしな」

他の女の子も毒はもらないと思うけど…
私、一応信頼されてるんだ

「うん、うまい」

「とても美味しいですよ。」

「愛情たっぷりっすね〜」

「名前子にしては上出来」



褒められてるんだか貶されてるんだかよくわかんないコメントもあるけど…

みんなが食べてくれてる。


ううう
嬉しい…


みんなが食べる姿を見ながら感動してると、
後ろから頭をぽんぽんと撫でられた。


「おいしかったよ。ごちそうさま。」


ふわりと柔らかく笑う幸村に、笑顔を返してからまたみんなを見た。


なんにも食べてない私まで
嬉しくっておなかいっぱいになった気がした。