あー、あー、
聞こえますか?

こちらコードネーム少女C。
応答願います。


新しい事件の香りがします。


容疑者は幸村精市。

私の隣の席の
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、非の打ち所がない人物です。


何の容疑かって?

それが今から私が解こうとしているナゾ!


いつも冷静で余裕たっぷりな幸村くんが、最近妙にポーッとしている時間が長い気がするの。


これは何か隠しているに違いない
隠蔽罪だわ!

そう私の血が騒ぐのよ。
探偵としての血がね…!



…なんて、探偵小説オタクのただの女子中学生だけどね
こういうごっこ遊び的なものは小学生まででやめておくべきなんだろうけど

自分の中だけでなら探偵になりきったっていいでしょ


…ってそんなことはどうでもよくて

幸村くんはどんな秘密を持っているんだろう。

幸い私は幸村くんの隣の席だし観察し放題だ。

まぁあんまり見すぎると不自然になっちゃうけど…

そういう意味では後ろの後ろの席とかの方がいいかもしれない。



幸村くんは今窓の外を見てる。

ポーッとした様子ではなく、なんだか楽しそうで
目が輝いてるようにも見える。

花壇の花を見てる時のような穏やかな顔だ。

何を見てるんだろう…




「幸村せんぱ〜い!」


また来た!
この甘ったるくて鼻にかかった高音の声。
最近毎日聴いてる気がする。


幸村くんの都合なんてお構いなしにおしゃべりしているこの1年生の女の子。
毎日やってきては、幸村くんを独占している。


好きなんだろうなぁ、幸村くんのこと。
ふわふわパーマの髪の毛も、あまーい香水の香りも、全身が幸村くんに向かってる。
最近の若い子は積極的ねぇ…なんて思いながらも調査をすすめる私。


優しい幸村くんは邪険に扱うこともなく、女の子の相手をしてあげてるけど…

さっき窓の外を見ていた時のような輝きはない。




次の日も、その次の日も
毎日私は幸村くんについての調査を続けたけど
大した情報も無く…


そういえば最近はあの1年の女子来てないな
諦めたのかな?なんてボーッと考えながら、張り込みに必須のアンパンとパックの牛乳を頬張った。



うーん…
幸村くんを見てるだけじゃ何も情報を得られない。こうなったら…
直接話をして、情報収集してみよう。
張り込みばかりじゃ進展がない。

隣の席で、テニス部の書類に目をとおしている容疑者幸村くんに
思い切って声をかけてみた。


「ねえ幸村くん」

「なに?」

手を止めて、にこやかにこちらを向いた幸村くんと目が合い
心臓がビクリと跳ねた。


「…最近なにか悩み事とかある?」

「え…?」

質問の仕方を間違えただろうか…
幸村くん驚いて目が丸くなってるよ…


「どうだろうね?」

ふふっと笑って頬杖を付きながら、前をまっすぐ見た幸村くんの目は
どこか遠くを見ているようで、
楽しそうな慈愛に満ちたその目には
私なんてこれっぽっちも映っていないようだった。


チクリ


…なんだっけ、この痛み

幸村くんの表情も、この痛みも
私は知っている気がする


いやいや、そんなことはない

こんな簡単に解明するわけない

これは違う

真実は他にある

行き詰まったからといって、安易に答えを出してはいけない。


またやり直し
また明日、考え直そう。


うん、と頷いて
その日は家へ帰ることにした。


明日こそ事件解決よ!

そう意気込んでいた私を待っていたのは
あっけない結末だった。



「幸村くん、彼女ができたんだってー!」

「名字さんかー、どうやって幸村くんゲットしたんだろー。いいな〜」

「幸村くんに彼女かー…」


朝からそんな噂で持ちきりで

休み時間には、幸村くんの席にたくさんの友達がやってきて
口々に噂の真相を確かめている。


「うん、付き合うことになったよ。」

「俺がずっと名字さんに片思いしてたんだ。」


そんな答えが幸村くんの口から聞こえるたびに
隣の席にいるのに、私だけとても遠い所にいるような感覚におそわれた。



放課後、教室に誰もいなくなっても
体を動かす気になれなくて
窓の外から、空がオレンジから薄い紫に変わっていくのをただただ見つめた。


あ、


幸村くんと名字さん

並んだ2人の間には
まだ少し距離があるけど

2人はとても幸せな空気をまとっていて
一目で好き同士であることがわかる。


チクリ



分かっていた。

昨日から、いや、本当はもっと前からかもしれない


幸村くんが恋をしていること

私が幸村くんに恋をしていること


そして、そんな彼を見つめるたび
幸村くんが好きな子は
私なんかじゃないこと


分かってたんだ。

なのに、分らないふりをした

自分が求めている真実じゃないから
目を背けてしまった。

ごっこ遊びでも、探偵なんて名乗る資格ない


探偵ごっこも引退か…


私の最後の事件は
鼻の奥がツンとする、少ししょっぱい思いで終わった。