試験前の日曜日は部活が休みだ。

赤点とらないよう勉強しろってことなんだろう
俺だって赤点なんかとりたくないので大人しく机に向かう。

向かうけど

いつもコートを走り回ってる俺の体は、こんな天気の良い日に大人しく座っていられるようにはできていない。

うずうずと、走らせろーと体が訴えてくるようだ。

弟達は外へ遊びに行ったようだし
集中して勉強するなら今しかない。


あ〜、テニスしてえ


いつまでたっても白紙のノートから逃げるように、ベッドに寝そべった。


……ケーキ食いてー


一度思ってしまえばもうおしまい
ケーキばかりが頭に浮かぶ


こりゃダメだな


そうだ、どっか店で甘いものを食べながら勉強しよう。


そうだそうだ、と勢いよく起き上がり、教科書とノートを適当にバッグにつめて
自転車にまたがった。


外は太陽のやわらかな温かさにつつまれていて
前から吹く風がきもちいい


しばらく自転車を上機嫌で走らせ、
いつもならまっすぐ行くはずの道を
少し緊張しながら右へ曲がった。


今日は
いるだろうか



さっきより少しスピードを落とし
右側の白い壁の家を横目に通り過ぎた。


名字、と書かれた表札が目に入り
少し心臓が高鳴る。




「いるわけねーか…」

気恥ずかしさを紛らわすように一人声に出してみる。

あそこに名字の家があると知ったのは、偶然のことだった。


今日みたいに良い天気の休日
たまたま早く目が覚めた。
部活が始まるまでまだ時間もあるし
気分が良くなって少し遠回りをしようと冒険気分で通ったことのない道を曲がったのだ。


「あれ?丸井くん?」


こんな所で自分の名前を呼ばれるとは思ってもみなかった俺は
割れてしまったフーセンガムを噛みなおしながら、声がした方を見た。


そこには見慣れない私服姿の名字が、庭の柵の向こうから
にこにこ手を振っていた。


「おまえん家…ここだったんだ…?」

「うん。丸井くんはこれから部活?がんばってね」


「おぉ…」


名字は俺のこと、きっとただのクラスメイトだと思ってる

そんな状況でこれ以上会話を続けられる余裕は無く


通り過ぎてもどくどくうるさい心臓を
どうしたもんかと髪をくしゃりと握ったものだ。



やべ
思い出したら緊張してきた。

コーヒーショップの前で自転車を止め、席が空いていることを確認してからレジへ向かった。


今日は名字に会えなかった俺、かわいそうなので贅沢をさせてやろう。

バニラのフラペチーノとシナモンロールを受け取って
端の方の席を陣取った。


緑のストローを突き刺して、まずは腹ごしらえと言わんばかりにシナモンロールに噛り付いた


「あれ?丸井くん?」


あの時と同じセリフ

…同じ声


「名字……?」

噛り付いたまま固まった俺の口からは、なんともマヌケな声

名字といえば、白っぽいシャツに赤いカーディガン

くそ、かわいい



「丸井くんも勉強?テストもーすぐだもんね」

そう言って笑った名字のカバンからも、教科書がちらりと見えている。
ここで勉強するつもりなのだろう。



「あ…じゃあ、私も勉強するから…行くね」


そう言って少し頬を染めて俯く君が
名残惜しそうに見えたのは、俺の気持ちがそうだったからだろうか


ここで逃がしちゃ男じゃねーだろい



「なぁ、」

掴んだ君の手首の、なんと柔らかいことか


「…一緒に、勉強しねー?」


「……っうん!」



そのとろけるような笑顔は
今まで食ったどんなものケーキよりも甘かった