幸村家のリビングに、おいしそうなごはんの香りがふわっと広がった。


「はい、どうぞ」

「……いただきます」

精市特製オムライス
泊めてもらう上にご飯まで作ってもらってしまった…


「おいしい…」

「ほんと?よかった」

たまごがふわふわだ
ほんとに器用なやつめ



すこしの沈黙が続くと、
カチャカチャとスプーンやお皿の小さな音がよく聞こえる。


いつもならこんな沈黙全然苦じゃないのに…

向かいに座る精市を意識せずにはいられない。

まつげ長いし
鼻筋綺麗だし


じっと見ていると、そんな視線に気付いたのか
精市が顔を上げた




「……っき、昨日も自分でごはん作ったの?」


ずっと見てたことがバレるのがイヤで
咄嗟に話題をふったけど
声うらがえったかも…
普通に話せたかな…?


「昨日はテニス部の友達と食べて帰ったよ。」

「ふーん……」


だめだ、会話がうまく続けられない!

またしても沈黙が苦しい



「食べ終わったら洗濯するだろ?」「へ…?……あ、そっか」

そうだそうだ
旅行に持って行った下着を洗濯しなきゃ
今日お風呂あがりに着るものがないのだ


もやもやしたままごはんを食べ終わり、洗濯機をかりることにした。


ぐーるぐーると同じリズムで回る洗濯機

思わずじっと見つめしまう


どうしよう
リビングに戻れば当たり前だけど精市がいる


普通でいられる自信がない

だって
私と精市は付き合っているわけで

付き合ってから、二人だけで一晩過ごすなんて初めてで

意識してしまうのは年頃の乙女としては普通のことのはず


考えても仕方ないことをぐるぐる考えてしまい
結局最初から脱水まで全部見ちゃってたよ…


乾燥機でほかほかに仕上がった洗濯物を持ってリビングに戻ると
精市はソファに座ってテレビを見ていた。


「そんなとこに突っ立ってないで座りなよ」

「うん、そーだね…」


洗濯物を自分の荷物のところにまとめて置き、そっと精市の隣に座った。


「飲む?」

「飲む…」

はいっとよく冷えたお茶を手渡される



「あ、もしかして食器も洗ってくれた…の?」

さっきまで夕飯を食べていたテーブルはきれいに片付けられ、
シンクにも食器がない


「ごめんね…何もしてなくて」

「いいよ。今日は疲れてるだろ?」


あーあ、私ってば
ほんとダメだな…

勝手に緊張して、迷惑かけて

精市だって練習で疲れてるはずなのに


ソファで体育座りをして反省していると
すぐ近くに精市の気配



「お風呂先に入る?」


「え?!お、ふろ?!いい!入らない!」

「え、入らないの?」


近い!近いよなんか!!


俯く私の顔と、それを覗き込むようにする精市の頬は
今にもひっついてしまいそうだ。



「や、入るけどっ…先に入って!」


「あ、そう」

目線を泳がせて挙動不審な私を、不審な目で見ながら
精市はお風呂場へ消えて行った



あー、なんかもうほんとダメだ
恥ずかしくてどうしようもない。

こんなに意識してしまってること、
精市にバレていなければいいんだけど…


その後お風呂に入ってからも会話らしい会話もできず、だんだん眠気に襲われる時間になってきた。


ソファでクッションを抱きしめながら
うつらうつらと重い瞼を一生懸命持ち上げる。
旅行から帰って緊張しっぱなしだったから疲れてしまった。


「そろそろ寝る?」


「んー…」

返事になっているのかなっていないのかわからないような声で応えると
精市がくすりと笑って私の手をひいた。


「こんな所で寝たら風邪ひくよ。おいで」

そう言って手を繋がれながら向った2階の客間には
きれいにお布団が敷かれている。


「おやすみ」

布団に潜り込むと、電気が消され
ふかふかのお布団に包まれながら
すうっと夢の世界へおちていった。







あれ…

ここ、どこ…

知らない天井が見える


……………あ、そうか

私精市の家に泊めてもらってるんだ


真っ暗な部屋の中、寝ぼけた頭を一生懸命働かせて
今の状況を整理した。


何時間くらい寝てたんだろ

でもまだ真っ暗だし朝にはなってないよね、なんて呑気に寝返りをうったその時だった。



バリバリバリと空が破裂したような大きな音

体がビクリと飛び上がり、心臓がしだいにどくどくと激しく鳴り出した。



これは、カミナリだ……!!!


と気付くと同時に体が布団から飛び出し、足が勝手に駆け出していた。

走る間もカミナリと大雨は止まず、耳を抑えながら必死で目的地へ急ぐ


「……う、わ」


体温で温まった薄い掛け布団の中へ一気に飛び込んだ。


「…名前子?なに、どうした…」

精市が話し終わるまでに、またしてもバリバリと大きな音が鳴った。


「あぁ、雷ね」

一言も答えずギュっと精市の袖を握る私の背中を、なだめるように撫でてくれた。


台風がこっちにもくるのかな とか
明日練習できるかな とか
いろんな声をかけてくれる。

それだけで、安心感が全然違う。


そうしている間に音が遠く遠くなっていき

しだいに雨も雷も消えてなくなった



「…もうどっかいったかな?」

「いったみたいだね。」

ほっとして、握っていた手の力を緩めると
だんだん頭もはっきりしてきて…


あれ?
私、いまとんでもないことしてるんじゃない?

だって向かい合って寝そべって…
私は精市に抱きつくくらい近付いて…
精市の手は私の背中にあって…

だんだん冷静になると
恥ずかしさで一気に顔の温度が上がった。


「わーー…むぐ」

「大きな声出さない。何時だと思ってるの」

思わず大声をあげてしまった私の口を、精市の大きな手が塞いだ。


「…ごめんなさい」「よし」
精市は偉そうに肘をついて手の上に頭をのせた


「…まったく、さっきまでガチガチに意識してたと思えば急に大胆になっちゃって」


「……!!」

ニコリと笑いながら、なんて嫌なことを言うんだ!!
てかやっぱり気付かれてたのね…意識してたこと…


精市はニコニコと怪しい笑みを浮かべながら背中を撫でてくる。

手を突っ張って距離を話そうとしても
それ以上の力で背中を抑えられて身動きができない

ほんっとに馬鹿力…!



「なんてね」

すっと背中を抑えられてた力が弱くなった。


「ご両親がトラブルに巻き込まれてる隙を狙って手を出すほど姑息な男じゃないよ」


そう言って精市は仰向けに体制を変える。


「だから安心して眠りなよ」


そう言って頭を優しく撫でられると
さっきまで緊張したりしていた自分がバカだったなぁと思えてきた。

精市が自分勝手な行動なんて、ましてや私が躊躇するようなことを強引にするわけがないのに。



「ごめんね」

一言ぽつりと謝り
精市に抱きついて思いっきり甘えた。


窓から入ってくる風が、さっきの雨ですこし冷やっとしていて気持ち良くて

ぴたりとつけた頬から伝わる心音が心地良い

目を瞑ると、自然とおだやかな眠りにおちていった





「手は出さないとは言ったけど…ここまでくっついてこられるとなぁ…」

と精市が苦笑いしていることも

その後そっとおちてきた額へのキスも

ぐっすり眠る私は何も知らない。