着替えと、パジャマと、あとは…

あ!充電器!


忘れものはないかなー…と確認していると、ドアがコンコンと鳴った。

「どうぞー」

きっと訪ねてくるのは彼だろう


「準備できたの?」


やっぱり。精市だ。


「うん、だいたいね。今最終確認中」

今は絶賛夏休み中
ということで、明日から友人の別荘へ二泊三日で連れて行ってもらうことになったのだ。

「うちの家族も嬉しそうに準備してたよ」

「幸村家も明日から旅行だっけ」

「北海道。三泊四日」

精市は、床に無造作に置かれた私の雑誌をペラペラとめくりながら言った。


「うちの親がいれば、晩ご飯とかうちで食べられたのにね〜」

精市は夏休み中でも練習だらけでまとまった休みがないので、今回も家族旅行には不参加らしい。


「名前子のご両親も明日から旅行だっけ」

「うん。沖縄に二泊三日」

私が友達の別荘に行くと決まった時に
、それならば…ということで
お父さんとお母さんも旅行に行くことにしたみたい。


つまり名字家と幸村家、
精市以外はみんな明日から留守なのだ。

ちょっとかわいそうだな…と
罪悪感があるが
本人は「北海道と沖縄ってすごいよね。端と端」っと言ってさほど気にしていないようだった。




その次の朝は
学校に行く時より早起きなのに、楽しみすぎて目覚まし時計よりも早く目覚めてしまった。


私より少し遅く出発する両親に見送られ、友達との待ち合わせ場所に向かった。

精市は…まだ寝てるよね。
カーテンが閉められている、精市の部屋の窓を見ながら
いってきます、と小さくつぶやいた。




それからはもう最高の2日間だった。
海に入ったり、おいしいごはんを食べたり

友人に感謝


自分の家用、幸村家用、あと個人的に精市にと、友達用…それぞれおみやげを買い
大満足で家路についた。

あっと言う間の2日間だったなぁ…


旅行中はまだ帰りたくないな、と思ってたけど
家が近付くたび
早く家に着かないかな、と思ってしまうのだから勝手なものだ。



うちに着いたのは夕方の5時をまわった頃

お母さん達の方が早く帰っているはずなので、勢いよくドアに手をかけた。



「……あれ?」

鍵が開いてない…
ドアを引っ張っても、ガタガタと
ドアの向こうで鍵が踏ん張っている音が聞こえるだけ。


買い物にでも行っちゃったのかな…?
そう思って携帯を見ると、
不在着信が何件か残っている。

友達としゃべってるのに夢中で携帯全然見てなかった…!


急いでチェックすると、それは全部お母さんから。


なんだろう…嫌な予感で心臓の音がうるさい

ドキドキしながら電話をかけると、
プルルルと繋がる音がした。



『もしもし』

「あ!お母さん!わたし今家の前なんだけど!今どこ?」


『あー、それがね…こっち台風が上陸しちゃったみたいで飛行機が飛べなくて…まだ沖縄なのよ』


「え?!」

『たぶんこのままもう一泊するしかないわね…悪いけど一人で留守番してくれる?』

「そんなぁ…!」

『一晩くらい大丈夫よね、お隣には精市くんもいるし…』


「でも私、鍵もって…」
『あ、何かアナウンス流れてる!ちょっと切るわよ、じゃあね』

「えっ待って、かっ……ぎ……」


無情にもツーツーっと切れてしまった


家の鍵持ってないんだってば……!


どうしよう…


しばらくドアの前をうろうろしたけど良い方法なんて浮かぶはずもなく


精市がもうすぐ部活から帰ってくるはずだから、それをおとなしく待つことにした。


あーあ、心細いよ〜
幸村家のドアの前で体育座りでうずくまった。


おなかすいたなぁ……

このまま精市も帰ってこなかったらどうしよう
そしたら私、ここで野宿…?
やだよー!

不安で最悪の場面ばかり想像してしまう。
暑いし心細いしで、目の端に涙か汗かわからない湿ったものがたまる





「うわっ……名前子?何してるのこんな所で」


聞き慣れた声に顔を上げると、精市が少し目を見開いて立っていた



「せ、せいいぢ〜!!」

「わ…なになに、どうしたの」


顔を見たとたん安心してしまって
鼻水やら涙やらをぼろぼろ零しながら精市の胸に顔を押し付けた


「うちに、入れないんだよ〜〜…!」


「え?なにそれ。訳がわからないんだけど……取り敢えずうちに入る?」


顔をこすりながら、うんうんと無言で頷き
幸村家へ入った。


重い荷物を置き、ソファに座ると
精市が冷たいジュースをコップに注いでくれた。


「おいしい…」 

暑いところで30分ほど座ってたので
喉はカラカラだ。


「で?どうしたって?おばさん達は?」

私の顔を伺うように、隣に精市が腰をおろした。

だいぶ落ち着いたので
さっきの電話の内容をゆっくり伝えた。



「そっか。おばさん達は無事なんだね?なら一泊くらいうちでゆっくりすればいいんじゃない」


「……よろしくお願いします」

ソファに手をついて、深々と頭を下げると精市が笑った


「うちも両親がいないから、たいしたお持て成しもできないけどね」



…………………そうか!


そうだっ!


たしか幸村家の旅行はもともと三泊四日!


ということは、今日は精市と私のふたりだけ


気付いてしまった事実に
心臓がどんどんと騒いだ