幸せは夏のお祭りみたいなものなんだよ

なにそれ?

夏祭りのあのわくわくする雰囲気、
最高だろ?

うん…

でもしばらく経つと、人混みが辛いとか、足が痛いとか…文句ばかり出てくる。

そうだねえ

幸せに慣れすぎると、幸せがわからなくなるんだよ。
で、気付いた時には無くしてしまう。


うーん、わかるような気がする…けど何なのそれ?


まとめると、

まとめると?


ずっと一緒にいようねって話



そう言った精市に抱きしめられたとたん、嫌な電子音が頭に響いて
世界は真っ暗になった



「夢……」


目を開くと、朝日と呼ぶにはギラギラしすぎている夏の光が差し込んできた。

またあの夢か

顔にたくさん汗をかいて気持ち悪い
夏は暑くて寝ていられない

夏は苦手だ。



今日は休日だけど特にやることもないし
コンビニでアイスでも買おうと、適当な服に着替えて外へ出掛けることにした。


空は青くて高くて
セミが360度からひっきりなしに鳴いている


未だにあんな夢を見るなんて
まだまだ未練だらけの証拠。


私と精市は中3の時付き合ってた。

大好きで、大好きで
しょうがなかった。

でも優しい精市に甘えすぎた私は
どんどん我儘になってしまった。

自分の中にある、大好きという感情を
すべてぶつけて
受け入れてもらうことが愛だと思ってた。

精市はそんな私の我儘を
できる限り叶えようとしてくれてた。


でもやっぱり忙しい身だから
部活で会えない日も多くて

久しぶりに会えるはずだった夏祭りの日も、大事な試合と重なって
結局一緒に行けなくなってしまった。


友達はみんな彼氏と行くんだって幸せそうに笑ってて

それがすごく羨ましかった。

精市と一緒に行けないことが悲しくて寂しくて


謝る精市に
泣きながら


「大嫌い!」

「…ごめん、名前子」


「大嫌い!だいっきらい!」


「ごめん…」



「…きらいっ」


「…ごめんね」


一緒にお祭りに行けないことも
精市に謝らせてばかりの自分も

全部全部
何もかも嫌だった。

大好きの分だけ、大嫌いをぶつけた。




「……もう、別れる」

我儘で幼い自分


「もう、嫌だ」


全部にフタをして、逃げた。



「……そっか、……しょうがないね…」


俺は名前子のこと大好きだけど
俺といることで名前子が辛くなるなら…
別れた方がいいのかもしれないね。



精市は最後まで私のことを考えてくれていたのに
私ときたら自分のことばかり。


別れてからは精市のことを避け続けて
一度も話をしなかった。

あれから一年経って
私は別の高校に進学したから
今精市が何をしているのか
全然わからない。



「あ、しまった…」

考えごとをしすぎて、コンビニを通り越してしまった。


キンキンに冷えたアイス達の中から
コーンに入ったアイスを選び
コンビニから出て歩きだした。


なんとなくまっすぐ家に帰る気にはなれなくて
家とは反対方向の河川敷まで来てしまった。


木陰にベンチもあるし、川の流れる音は涼し気だ。


ベンチに座ると、川からの風がそよそよと髪を梳かした。


溶けそうなアイスを食べながら
さっきから精市の顔ばかりうかぶ。


カランコロンと聞こえる軽快な音に視線を上げると
浴衣を着た女の子と男の子


今日があの夏祭りの日なんだ



楽しそうに笑い合いながら手を繋ぐ恋人に
あの頃の二人を重ねたとたん

閉じ込めていたフタがぽろりぽろりと剥がれる音がした。
精市、精市、

もっと一緒にいたかったよ



私ってほんとバカなんだ

精市が隣にいるのがあたりまえすぎて
幸せを忘れてしまっていたんだよ。






『一緒に夏祭りに行きませんか』



決して伝えることのできない言葉を思い浮かべた



手にこぼれているのは
アイスなのか涙なのか、もうわからない。



やっぱり夏は苦手だ

会いたくてしょうがなくなるから















ふと窓の外を見下ろすと、浴衣姿の男女が手を繋ぎながら歩いていくのが見えた。


あぁ、今日は夏祭りか…

セミの声や太陽が、これでもかと夏を告げる季節に思い出すのはあのことばかり



『……もう、別れる』


そう言われたとたん、自分の足元の地面が静かに無くなって
そのまま底なしの世界に落ちて行くような感覚に襲われた。


目の前の
大好きな彼女をこんなに泣かせてしまったのは、俺だ

俺では彼女を幸せにできなかったのか


付き合い続けることで彼女が不幸になるくらいなら
他の誰かと幸せになってくれれば……

幸せにさえなってくれれば良い。


そう思って、別れを受け入れた。


あの頃はそれが一番正しいと思っていた。


でも、あの時の俺は間違っていたんだ。
他の誰かが…なんて、ただの逃げだ。


何がなんでも俺が幸せにするから、一緒にいてほしい、と彼女を引き止めるべきだった。


ずっとそんな後悔が頭の中にあったのに

そんな未練がましい自分を名前子に知られたくなくて
さらに嫌われるのが怖くて

ずっと押し殺してきた。


押し殺してきたのに

さっきの浴衣姿のカップルにあの頃の俺達が重なったとたん…


一度会いたいと思ってしまえば
そこからはもうなし崩しだ


会いたい

名前子に会いたい



名前子にはもう新しい恋人がいるかもしれないし
何をしても、もうそれは全て後の祭りかもしれない。



だけどそんな心配よりも、今会いたいという気持ちの方が大きい


夏の空気に酔わされてしまったのだろうか



『一緒に夏祭りに行きませんか』


別れてから避けるようにしていたアドレスを開き
素直な気持ちを綴った。


悪あがきしたっていいじゃないか後の祭りのそのまた後は
誰にも分からないのだから。