そろそろ夕方になろうかという頃
水分を含んで体に張り付いてくるような空気の中、セミはあいかわらず元気いっぱいに鳴いている。


そんな中、私はクーラーの効いた部屋でいつもとは少し違う姿をしているので
なんだかとても気分が良い。


「はいできた。帯苦しくない?」

「うん。大丈夫」


お母さんに浴衣を着せてもらったのだ!

髪は高い位置で結い
爪も薄いピンクのラメでコーティング

白地に薄いピンクの花模様の浴衣にぴったりだ。
我ながら良いデキかもしれない


なんて満足していると
テーブルの上にある携帯がブブブと揺れた


きっと精市からだ!


メールを開くと、思ったとおり

もうすぐ家に着くらしい。


精市は夏休みといえどほぼ毎日部活で、花火大会の今日も例外ではなく練習だったんだけど…

夕方には終わるから、と一緒に花火大会に行けることになったのだ。


着替えたら迎えに行く、というメールを見て
私も巾着に小さなお財布やハンカチを入れた。

それから全身鏡で最終チェック

変なとこないよね?

後ろを降りかえってみたり、くるくるまわってみたり
一通りチェックし終わると、早く出かけたくてうずうずしてきた。

さっきからずっと我慢してたんだもん。そろそろ我慢の限界だ。


精市はまだかなー

制服から私服に着替えるだけならそんなに時間はかからないだろうし…

もうそろそろ準備できるよね、うん
と自分勝手に納得して
玄関のドアを開けた。



「あ」

「っわ…」

するとびっくり
ドアを開けた先には私服の精市が立っていた。



「お待たせ」

にっこり笑う精市を見上げると、
顔がボッと熱くなるのを感じた。

だって…
実際こうして精市と会うと

はりきりすぎたかな、とか
私だけ気合いれすぎ?浮いてる?とか…!

恥ずかしさでもやもや考えてしまう


そのまま硬直していると、ポンっと頭に優しい手の感触が落ちてきた


「可愛いよ。よく似合ってる」


その言葉に更に私の顔は赤く熱くなってしまった


褒められなかったら褒められなかったでへこむんだろうけど
いざ言われると恥ずかしさでどうにかなってしまいそう…

口をぱくぱくしたまま固まる真っ赤な私の手を、精市が優しくひいた。


「じゃあ行こうか」


「う、ん!」



それからしばらくカランコロンと歩くと、だんだん緊張や気恥ずかしさも無くなって

屋台と花火で頭がいっぱいになってきた。
繋いだ手をくるくるまわしたい気分だ。


「ねぇねぇ、屋台で何食べる?」

「そうだなぁ…」

「かき氷は絶対でしょ、あとはーベビーカステラとー、から揚げとー、」

右手で指折り数えるけど、片手じゃ足りない!


「あ、見えてきた」

精市の言葉に顔を上げると、キラキラと光るオレンジの明かりが連なってるのが見えてきた。

屋台だー!



自然と速足になる私を、精市が笑った。





「うわ〜やっぱ人多いね〜」

花火が始まる前に、みんな屋台で軽く腹ごしらえしておこうといったところだろう


「名前子、あっちにベビーカステラがあるよ」

ほんとに?!と、精市が指差した方を見た時だった。


「あ!幸村部長!」


声をした方を振り向くと、立海の制服を着た男の子が
たこ焼き片手に大きく手を振っていた。

あー、写真で見たことあるかも。

精市が前に見せてくれたテニス部の写真にこの人もいた気がする。


精市の方を見ると、「来てたんだね」と笑っていた。

幸村部長か…あまり聞き慣れない呼び名にちょっとそわそわしてしまった。
そうだよねぇ
部長なんだよねぇ精市って


「すまないな。声はかけるなと言っておいたんだが。」

「おまえ空気よめよなー!」

「いって!」

「あんま暴れるなよ。人にぶつかるぞ。」


髪の赤い男の子…たしかブン太くん、だっけ?あのケーキ好きの……そのブン太くんがさっき手を振っていた男の子をポカリと叩いた。


「いいよ、そんなに気を使わなくて。他のみんなは一緒じゃないのか?」

「屋台をまわっている。そろそろここに集まるはずだ。」



「そうか。名前子、この4人は同じテニス部の柳、ブン太、赤也にジャッカル」


ポカンとしている私に、それぞれ名前を紹介してくれた。


「はじめまして…」


みんな写真では見たことあるけど、会うのは始めてだから緊張してしまう。
…こういう時自分のコミュニティ能力の低さが恨めしい



「あー!噂の名前子さんっすね!」

「おーほんとだー!名前子ちゃん!」

「お前らいきなり名前呼びかよ…」

「だって名字しらねーもん。幸村くんは名前でしか呼ばねーし。ジャッカルも知らねーだろ?」

「…そういえばそうだな」


さっきからこのジャッカルくんという人は、面倒見の良いお母さんみたいで
見てるとなんかホッとする。


「おや、幸村くんではないですか。」

またまた声のした方を振り向くと
やはり立海の制服を着た人達が立っていた。

うん、みんな写真で見たことある。


「みんな結局来たんだね。」

精市が嬉しそうに笑ってる。
ほんとに仲が良いんだなぁ。

もしかして、ほんとは精市もみんなと来るはずだっなのかな…?
悪いことしちゃったかも…


「丸井が屋台屋台とうるさくての。」

「そういう仁王だって射的やりまくってただろー!」

「真田くんも何か買ったのですか?」

「うむ。佐助君がりんご飴を買ってこいと五月蝿くてな。」


立海のみなさんはすでに屋台を存分に楽しんだようで、それぞれの手には魅力的な食べ物がたくさんだ。


てかブン太くんの持ってるアレは…
チョコバナナ…

ほしい…!チョコバナナ食べたい!


「どうしたの名前子、必死な顔して」

「チョコバナナ…」

食い意地はってるみたいで恥ずかしいのでみんなの会話を妨げないよう、精市にだけ聞こえるような声でつぶやいた。


「チョコバナナほしいの?」

無言でうんうんと頷くと、精市がくすりと笑った。


「チョコバナナ食いたいの?」


小さな声で言ったはずなのに、ブン太くんには聞こえてたようだ。

「あー!俺もほしい!丸井先輩いつのまに買ってたんすかー!」

抜け駆けずるい!と赤也くんがじたばたし出した。


「わーかったよ!連れてってやるよ!」


ということで、なりゆきでみんなでぞろぞろとチョコバナナの屋台へ向かうことになった。

あれ?なんかナチュラルに立海組みに合流しちゃってる??

…私、おじゃまじゃないよね…?
ちょっとドキドキするけどここで流れを止める方が迷惑だよね、うん。
おとなしくついて行こう。



目的の屋台へ向かうまでの道のりには誘惑が多くて
気付けば私達はスーパーボールの屋台で足を止めていた。


「俺スーパーボールやろーっと!」

「あ!俺も!俺もやるっすー!」


さっきから丸井くんと赤也くんは兄弟みたいで微笑ましい。

てか私もスーパーボール、気になる
水槽にぷかぷか浮かぶスーパーボールはキラキラしていてすごく可愛い。

あの大きいキラキラのやつ、ほしいなー…

「名前子もやる?」
と精市が背中を押してくれたので、思い切って挑戦することにした。



ブン太くんは器用にひょいひょいと、大きなものから小さなものまでたくさんすくっていく。

赤也くんは大物狙いで、少し手こずってるけど上手だ。


それにひきかえ…

私ヘタすぎ…!
一個しか取れなかったよ!
しかもキラキラとかじゃなくて変な色のやつ一個!



ほしかったなぁ…キラキラのやつ




「ほらよ。手出してみな」

「?」

ブン太くんの声に顔を上げ、言うとおりに両手を開いて差し出しすと
ポトリと少し冷たいものが落ちてきた。


「…あー!キラキラのやつ…!いいの?」

「やるよ。俺は取るのが好きなだけだから」

「あ、ありがとう!」

うわー!なんて良い人なんだ!
しかもこれ大きい方だよー!


「丸井先輩!俺にも1個くださいよ〜」

「あとは弟にやるからダメ」

「ケチー!」


赤也くんに少し悪いなと思いながらも、キラキラのスーパーボールを手の上で転がしてみた。


「精市、もらっちゃった」

「…うん、よかったね。」


キラキラと手の上で光るスーパーボールをしばらく眺めてから
巾着の中にそっとしまった。


その後のヨーヨー釣りでは赤也くんにお恵みをもらい
ダーツでは仁王くんにぬいぐるみをもらい
石につまずき柳生くんに助けてもらい……あげればキリがないほど立海のみなさんのお世話になってしまった…


チョコバナナの屋台に着く頃には、私の両手には食べ物と景品のおもちゃでいっぱい。

重いけど、なんて幸せなんだ!



「そろそろ花火が始まる頃だな」

ジャッカルくんが腕時計を見て知らせてくれた。
そうだ!今日のメインは花火!

花火大会に来ると、ついつい屋台メインになっちゃうんだよね


「よーし、花火見える場所行こーぜー」

花火もみんなと見るのかな、なんて考えていた私の手が
急に後ろから引かれた


「じゃあ俺達はもう行くよ。また明日、練習で」


私の手を持ちながら
精市は手短に別れのあいさつをし、
そのままずんずんと歩き出した。


「…花火はみんなと見なくていいの?」

精市の歩くペースについて行くのがやっと…というか軽く引きずられてるようなかたちでなんとか歩いた。


「いいんだよ。」
「…どこで花火見るの?」


「秘密」


こう言われてしまっては、きっとその目的地に着くまで教えてくれないだろう…



てか歩くの速いっ
いつもなら私に合わせてくれるのに…
怒ってるのかな…

やっぱりほんとは立海のみんなと花火大会来たかったんじゃ…
でもそれならさっき別れず一緒に見ればそれで済むはずだよね


うーんうーんと悩みながら、手を引かれるまま大人しく歩いた。





「着いたよ」


悩みながら歩いていると、知らぬ間に着いてしまったようだ。


ここは、高台?
まわりは人がまったくいなくてとても静かだ。
柵の方に近付くと、街並みが下の方にキラキラと光っているし
さっきたくさん遊んだ屋台も見える。





「すごい…何これ、穴場ってやつ?」


「かもね。去年見つけたんだよ」


柵から夜景を夢中で見下ろす私の隣に、精市も並んだ。


あ、笑顔に戻ってる。


「よかった…」

「何が?」

「だって…さっき怒ってるのかと思った。」


「……怒ってたよ」


ええ!
やっぱり…?!


やっぱりみんなと花火大会来たかったんだよね…そうに決まってる…



「ごめんね…私わがまま言ってっ…テニス部の友達と花火大会来たかったんだよね?!ら、来年はみんなと行っていいから…!」

「ちょっと待って。ストップ。」


「?」

息をつく間もなく謝罪の言葉を言ったけど、まだ途中なのに遮られてしまった。


「なんでそうなるんだよ。テニス部のメンバーとは他のお祭りに行ったし、今日はいいんだよ。」

「そうなの…?」


「むしろ今日は俺が名前子と行きたかったんだよ」


…さらりと嬉しいことを言われた

と頬を染めてる暇もなく、なんだか小馬鹿にするような目で見られた。


「だっ…だって、なんか精市さっき不機嫌だったから…みんなと行きたかったのかなって思っちゃったんだよっ」


精市は、目を少し見開いたあと
柵についた腕に頭をのせながら

「あ〜鈍いっほんっと鈍い…」

と嘆き出した。


なんなのよ…


「スーパーボールなら…俺だって取ってあげられたのに…」


え…?


「ヨーヨーだってダーツだって…つまずくのも…なんで柳生の近くにいる時なんだよ…」


これは……


「………やっぱ今の忘れて。かっこ悪い。」


ヤキモチ…?


精市の顔は隠れたままだけど、隙間から見える耳がほんのり赤い



「笑うなよ…」

「だって…へへ、精市…かわいい」


「………ばか」


ばかって?!



その瞬間、空がひゅーっと鳴って

その音につられるように、精市も私も空を見上げた。


ばーん、と大きな音がして
ぱらぱらと光がたくさんこぼれた。



「きれい…」


その余韻にひたっていると、私の左手が
あたたかいものに包まれた。



「来年も、一緒に見よう」

それはとても、大切な約束。

明日も明後日も
一年後もそのずっと先も

いろんなものを二人一緒に見られますように。