ちょっと早く出かけすぎたかな?


時計の短い針は、まだ9と10の間をうろうろしている。


だってこんなに天気が良い休日は、早く出かけたくて体がうずうずするんだもん。


精市はまだ寝てそうだなぁ

お互い社会人になり、
何時にどこで待ち合わせ!と決めるよりも、精市が一人暮らしをしているマンションに適当な時間に行き、それからどうするか決める方が楽になってきた。

そのままどこへも出かけずに、部屋でのんびりDVDを見たり料理をしたりして過ごすことも多い。


今日も部屋でのんびり過ごすことになりそうだな。
とりあえず、精市の朝食用にパンでも買って行こう。


マンションの途中にあるかわいいパン屋さん
サンドイッチと…あと自分用のデニッシュ

晩ご飯の食材は…精市と何を作るか決めてから、一緒に買いに行こう。


うん、完璧

この角を曲がれば、もうすぐ精市のマンションだ。

軽い足取りで残りの道を行き、合鍵でマンションのオートロックを開けた。



エレベーターで目的の階まで登り、
ドアの前でもう一度鍵を差し込む。




起きてるかな?

なんとなくそ〜っとドアを開け、奥へ進むと


いかにも寝起きといったような精市が、ソファーにゆったり腰掛けていた。



「あれ、起きてたんだ?」
静かだったからまだ寝てるのかと思った。


「んー…今起きたとこだけどね。目が覚めたら良い天気だったから…取り敢えず洗濯しなきゃと思って」


そういえば洗面所の方から、洗濯機が回る音がしてる。

うーん、寝起きでもさすが
しっかりしてる


「じゃあ洗濯の間に朝ごはん食べちゃう?パン買ってきたよ」


「うん、ありがと。紅茶いれるよ」


あ、横の毛がはねてる


横に立った精市の髪をじっと見上げて笑うと、気付いたらしく
髪を撫でながら精市も笑った。




ほかほか湯気をあげる紅茶の香りを楽しみながら
甘いデニッシュをパクリと食べる。




「…洗濯終わったみたいだね」

微かにピーピーと電子音が鳴っている



「私干すから。精市は食べてて」

「じゃあお言葉に甘えて」




洗濯機から真っ白のシーツを取り出してカゴに入れ、ベランダまで運んだ。


精市の部屋はガーデニングがしやすいようにと
一人暮らしにしては立派なベランダがあるので洗濯物も干しやすい。

水を含んで少し重たいシーツを柵にかけ、軽くシワを伸ばした。



「あ、ねぇ!これ咲きそうだね!」

ベランダの特別日当たりの良い場所に置かれた、小さな鉢植えを
精市にも見えるよう高く持ち上げた。

「あぁ、プリムラ?今日くらいには咲くんじゃないかな。」

「楽しみだね!」


そうそうプリムラ!
買った時はぜんぜん蕾もなかったのに。
植物はすごいなー




「名前子、今日はどうする?映画でも見に行く?」

「あ、そーだねぇ……行こっか」

そういえばちょっと気になってた映画があったんだ



「映画見てー晩ご飯の材料買って帰ろっか。冷蔵庫なんかあるー?」


同じことを考えていたようで、すでに精市は冷蔵庫をチェックしている


「にんじんと…玉ねぎがあるね」

「じゃあお肉買っていっしょに炒めちゃう?」

「そうしようか。あとはお味噌汁と…うん、なんとかなりそうだ。」



精市が着替えるのを待って、意気揚々と外へ出た。

どちらともなく手を繋ぎ、空を見ると
雲一つない青空


「シーツ、よく乾きそうだね」
きっと寝るときも太陽の香りがするに違いない。


こんなに気持ちが良い天気だと眠たくなってくるなぁ

映画の途中で寝ないように気をつけなきゃ




映画館に到着し、丁度いい時間のチケットとポップコーンを買って席についた。


私好みの笑いあり涙ありの邦画
精市の趣味とはちょっと違うかな?と思ったけど、
見終わった時には「おもしろかったね」と精市も言ってくれたので一安心だ。


空は夕方に向かう、午後の光の色

そろそろ晩ご飯が恋しくなる時間だ。


スーパーに向かう道を歩いていると、どこからともなくカレーの香りがした。

う〜ん…良い匂い…

カレーが食べたくなってきたかも


…確か冷蔵庫にあったのは、にんじんと玉ねぎ

じゃがいも買ったらカレーができるな…



「「ねぇ…」」


2人の声がかぶったことに、思わず吹き出してしまった


「…たぶん同じこと言おうとしてるから精市先言ってみて」



「晩ご飯カレーにしない?」

ほらやっぱり!


「私もそう思ってた」


じゃあ決まり、と早速メニュー変更


じゃがいもとサラダの材料を買って、マンションに戻った。




精市が材料を冷蔵庫に入れてくれている

じゃあ私は洗濯物でも取り込もうかな。
もう乾いてるだろうし。


風でふわふわ揺れるカーテンを手で避けて、ベランダに出た。



「あ…」


シーツに手を伸ばした時、朝とは少し違う風景に気が付いた



「精市ー!咲いてる!えっと……プリムラ?だっけ?…咲いてるよー!」


朝はまだ蕾だった花が咲いてる!
すごい!
こんな花だったんだね



私の声を聞いてすぐ、精市もベランダにやってきて
プリムラの鉢植えを見て笑った。

でもその笑顔には、なんだろう…嬉しさと少しの緊張感が混じってるようだった。


どうかしたのかな…?と考えてる間に、私はいつのまにか真っ白なシーツごと精市に抱きしめられていた。


??
ほんとにどうしたんだろう

きつく抱きしめられているため私の視界には精市の胸の辺りしか見えず、顔が見えない。



「ねぇ…」



よく状況がわからないので、大人しく次の言葉を待つことにした。


しばらく待つと精市は、ふうっと息を吐き出したかと思うと
少し力を緩めて、私の目を見た。




「結婚しよ」



その言葉は
真っ白になった頭の中から私の体の周りを
魔法の言葉のようにくるくる、くるくると回った。


今、なんて?


聞き間違いじゃ
ないよね?


嬉しい気持ちが目からぽろぽろ溢れ出た




「なんで、このタイミングなの」

もっと他に伝えなくちゃいけない言葉があるはずなのに
可愛くない私は捻くれたことを口走ってしまった


「だって…プリムラが咲いたんだよ。今日しかないって思った。」


「プリムラ……」
さっきの花が、咲いたから?


「プリムラの花言葉。知ってる?」 


無言で首を横に振ると、精市は少し笑って口を開いた。



「『運命を開く』と…」


と?



「『永続する愛情』」


私の頬の涙を拭う精市の手はとても暖かい。



「それで?返事は?」



そんなの分かりきっているのに



精市にしか聞こえない声で、返事を返した。


私の言葉は
精市にとっても魔法の言葉になっただろうか

そうなったら嬉しいな



今日はなんて素晴らしい日なんだろう。
嬉しくて嬉しくてきゅうっと抱きしめ合った



これから二人、真っ白なシーツに包まって

どんな夢を一緒に見ようか