ついさっき
私は失恋した。

直接告白してふられたわけじゃないけど

とにかくおしまい。



相手の名前は幸村精市くん

…私の名前は、
言いたくない。失恋したのに、恥ずかしい

少女Bとかでいいでしょ



私は幸村くんのこと1年の頃からずっと好きだった

同じクラスになれたことないけど
学校で幸村くんを見つけた時は、友達と3人で話しかけに行ってた。

おかげで名前を覚えてもらって…
それがすごく嬉しくて

いつも必死で幸村くんを探してた。

いつも一緒につるんでる友達も幸村くんのことが好きで、まぁその2人はアイドルを追う気分だったのか本気で恋をしてたのか分からないけど

私は本気で好きだった。



急に話しかけても幸村くんは嫌な顔なんて全然しなくて、そういう優しいところも大好きだった。


でも3年になった頃から、少し変わった気がした。

相変わらず笑顔で応えてくれたけど、
私達と話していても
どこか全然違うところを見ているみたいだった。

目を見てくれているはずなのに、その視線は私に向いていなくて

私を通りぬけて、どこか遠いところを見ていた。


どこを見ていたのか、それはきっと他の女の子。



幸村くんは誰かに恋をしたんだ。

それも、私じゃない
誰か他の女の子に


確信があるわけじゃないけど、女の勘


そのことに気付いた時
頭を思い切り殴られたような衝撃と
心臓だけがドクドク早くなって足が震える思いにのまれた。




誰なんだろう…
幸村くんが好きになるような女の子


でもこんなのただの勘だし…
相手を確かめるまで、こんな勘信じない


そう思い、ほんとのことを確かめたくて
C組の教室へ向かった。


幸村くんは自分の席に座ってて
隣の席の女子と話してる。


少しの間、様子を伺ってみたけど、あの子を好きというわけではなさそうだ。


…てかあの子幸村くんと話しすぎじゃない?

隣の席だからってずるい!



もやもやした気分のまま、お昼休みの時間になった。


友達と3人でごはんを食べて、化粧直しに一緒にトイレへ向かうという
いつものお昼の過ごし方。


「あ!幸村くんだ〜!」

「マジで?ラッキ〜声かけよ!」

友達が幸村くんを見つけたらしく、私もつられて走った。




「幸村く〜ん」

「偶然だね〜」


友人2人はにこにこと浮かれながらずっと話し続けてる。

ほんとにこの子達、気付いてないのかな…


幸村くん、私達のことなんて
ちっとも見てないよ。

目の前にいるのに

全然違うところを見てる。





「あ、ごめん。また今度でもいいかな」


幸村くんが、急に何かに気が付いたように
私達から離れていった。


返事をする間もなく彼が向かった先には

1人の女の子。
あれはたしか…名字さん
だっけ?

タイプが全然違うから話したこともないけど。


なんかの授業で先生が使ってた気がするでっかい地図を持って
よろよろ歩いてる。



幸村くんはそんな名字さんのところに着くと、地図を持ち
二人並んで歩き出した。




ああ…
そうか



あの子なんだね

見たことのないような幸村くんの笑顔

彼の目も、口も、体全てが彼女を好きだと言っているようで




「ねぇ…なんなのあの女」

「ムカつく」



あの幸村くんの姿を見て、ようやくこの2人も気付いたようだ。

放課後呼びたしちゃおうよ、なんて話が聞こえてくるけど

今の私にはそれを止める体力も気力もない。


好きな人に好きな人がいるって
こんなに辛いんだ




2人が名字さんを責めてる時も、私はただ呆然と見ることしかできなかった。


全然化粧なんてしてなさそうなのに、つやつやの白い肌
自然な黒髪
一見大人しそうなのに、自分の意志を持った瞳

これが幸村くんの好きな女の子

私とは、何もかも正反対





「何してるの」



大好きな、聞き慣れた声が聞こえて
一瞬で現実に引き戻された。

どんなにうるさい場所でだって、聞き分けられる自信がある。

そんな声の持ち主はただ一人



「ゆ、幸村くん…」
「やだ……えっと…すこし話してただけだよ」

さっきまで勢いの良かった2人は、急に気まずそうに大人しくなると
いたたまれないといったように、「もう行こっ」と走り出した。


温厚な幸村くんが、名字さんのこととなると
こんなに怖い顔になるんだね

それほどまでに、好きなんだ…





「………バイバイ」

去り際にほとんど聞こえないボリュームで、思わずこぼれた私の声は
きっといろんな意味でのさようなら



あの場にいて2人の友人を止めなかった時点で私も彼女たちと同罪だ

幸村くんには確実に嫌われただろう


それに、この後
きっと2人は結ばれるに違いない。



3対1で責めたのは悪かったけど
結果的には私達、恋のキューピットってやつじゃない?

なんて、これが精一杯の強がり。



だいぶ歩いてから気付かれないように、そっと後ろを振り向くと


頬を染めながら笑う幸村くんと名字さんが見えた。



あそこにいるのが私だったらよかったのにね