ほとんどの生徒が帰ってしまって
しんと静まり返った放課後の廊下。
すっかり辺りは夕日の色に染まっている。



そんな中、美化委員である名字と俺は
来週から始まる校内清掃運動のポスターを貼る仕事を任された。

俺としては名字といられるのが嬉しくて、ポスター貼りを頼んでくれた先生に感謝したいくらいなんだけど…

名字はどう思っているんだろう。




「おなかすいたね〜」

「…そうだね。まぁでもここが終わればあとは職員室前だけだよ」

驚いた…

横顔を盗み見ていたら、急にこちらを向くんだから



「今日の晩ご飯何かな〜。幸村くん今なに食べたい気分?」

「うーん…焼き魚、かなぁ」

「あはは!渋いね〜」


こんな取り留めのない話も、名字とすれば
どんな数学の公式よりも大事な事項として記憶されるから不思議だ。





「幸村、まだ残っていたのか。」

「あぁ、真田も?」

声がする方を向くと、真田の姿があった。
風紀委員の仕事をしていたらしい。


また明日、と軽く言葉をかわすと
真田が背を向けて歩き出した。


さて、続きの作業を…あれ?


「どうしたの?」

名字の方を見ると、さっきまでのリラックスした表情とは打って変わって、緊張で顔が強張っているように見える。


2人の時はこんな顔してなかったのに…


もしかして


「…真田が怖いの?」

「え?!いや…えっと……真田くんがっていうか……男の子が?かな……?」


「男が…?」
俺とは普通に話してるのに?


「や、言いすぎたかも!男の子なら誰でも緊張するってわけじゃないし!幸村くんとかは大丈夫だし……なんていうか…」

今まで聞いたことのなかった名字の新事実
ゆっくり次の言葉を待った。


「なんていうか…こう、ガタイの良い男の子?…なんか殴り合いとか…私がもし喧嘩することになったら負けそうだなって思う男の子は……緊張する…かも…」


「何それ…ふふっ…真田と、喧嘩するの?」

「しないけど!なんか考えちゃうんだもん!…変かな……変だよね…ははは!」


何だその理由

やっぱり君は変わってるね。
おもしろいや。

思わず肩を震わせて笑ってしまった。



「もー!笑いすぎ!」

ひとしきり笑った後、ポスター貼りを再開した……けど


ん?
ちょっと待てよ……
それって、

俺には喧嘩で勝てそうって思ってるってこと?


緊張せず話してくれるのは嬉しいけど
それはちょっと納得できない。
まるで名字に男として見られてないみたいじゃないか。


そんな俺の気持ちを知る由も無い彼女は緊張がほぐれたらしく、ゆるい表情でポスターを貼っている。



よし、ちょっとイジワルをしてやろう。





「ねぇ名字、さっきの話だとさ。俺には喧嘩で勝てるって言ってることになるけど」


「え?……あ、ごめん!そんなつもりじゃ」
「試してみる?」


右手で、焦る名字の手を取って俺の方を向かせ
もう一方の手で逃げられないように壁に手をついた


細いなぁとは思っていたものの
実際触れると折れてしまいそうなほどに細い手首

腕の間にすっぽりと収まる小さな体


ほら、俺の勝ち



名字は一瞬大きく目を見開いたかと思うと、すぐに顔を伏せてしまったので
表情が見えない。

俯いたまま、黙ってしまった。



………やりすぎた、かな?



名字に男として見られてない気がしたのが悔しくて
こんなことをしてしまったけど…


怒ってしまった?

もしかしたら怖がらせてしまっているかもしれない。


冷静になって考えると、俺は好きな女の子になんてことをしてるんだ


俺もまだまだ子どもだなぁ…

反省



「ごめん。冗談にしてもやりすぎたよね。」


名字の手を掴んでいた右手の力を緩めて、そっと顔を覗き込むと


そこにあったのは、恐怖でもなく怒りでもなく…


顔を真っ赤にした名字の顔だった。


自惚れかもしれないけど、それはまるで恋をする女の子のような顔


そんな名字の表情につられるように、俺の顔も熱くなる。


ずるいよ、そんな顔


期待してしまうじゃないか



今、口を開けば
確実にこぼれおちるだろう君への愛の言葉



その顔は、君も期待してると思っていいよね?


数秒顔を見てから、ゆっくりと口を開いた


「名字…」






結ばれるまであと5秒