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 俺が『そのこと』――幼なじみで親友である将也と律が付き合っていること――を知らされたのは、親しいはずの本人たちからではなく名前も知らない生徒からだった。

 珍しく俺が所属する図書委員にかけられた召集の帰り、教室で待っていてくれている二人の元に向かおうとした俺は他のクラスの図書委員に呼び止められた。その記憶にない見知ぬ生徒は俺をフルネームで名指しすると、話したいことがあるからと委員会のあった図書室から近くの空き教室まで誘導。そして扉を閉めるや否や、それまで浮かべていた笑顔から一転して据わった目で俺を見据え、何の脈絡もなく「楠木様と日比谷様に近づかないでくれる?」と言い放った。
 ――楠木とは将也のことで、日比谷とは律のこと。
 普段名前で呼び合っているため一瞬誰のことだと考えてしまったが、聞き慣れた名字にあの二人のことだと気づけないはずがなく、と同時に鈍い俺はそこでようやくこの生徒が、二人のどちらかの親衛隊隊員であることを察した。
 そして、その鋭い視線が、俺に対する敵意の現れだということも。

 実はそうして、二人の親衛隊から呼び出しを食らうのは初めてではなかったりする。
 あれはまだ高校に入学して間もないころ、同じように――相手は一人じゃなく複数だったが――親衛隊に呼び出され、二人に近づくな云々を聞かされたことがあった。
 確かあの時は「お前じゃ不釣り合い」だとか「身の程を知れ」だとか「邪魔」だとか散々罵られたあげく最終的には暴力まで飛び出してきて、幼なじみの二人が駆けつけてくれなければ殴り合いの喧嘩の経験などない俺は危うくボコボコされるところだった。
 だが無傷とはいかなかったわけで、思い返せば容赦なく殴られた腹が痛む。
 そんな経験からか、図書室で声をかけてきた相手が一人で、なおかつ自分とそう変わらない体躯の生徒であることに暴力を振われることはないだろうと呑気にも安堵してしまった記憶がある。
 しかし俺はその後、殴られるより衝撃的な話を聞かされることとなった。

「付き合っているお二人悪いとは思わないの? 楠木様も日比谷様もお優しいから幼なじみの君をほっとけなくて気にかけてらっしゃるけど、本当は二人でいたいんだよ? それくらい鈍そうな君でもわかるよね?」

 涼やかな声音で滑らかに紡がれたのは、確かこんな言葉だった。
 ――『付き合ってる』。その言葉があまりにも衝撃的すぎて、呑み込むのにかなり時間を要してしまったのは仕方がなかっただろう。
 驚きのあまり返事を返せずにいる間も、親衛隊の生徒による忠告――というか嫌みというか――は続いていたが、もちろんそれどころではない俺の耳には入ってこなかった。
 しばらくして現実へと意識を戻した俺の口からこぼれ落ちる、「付き合ってる……?」「だれと、だれが?」という問いかけに一つ一つ丁寧に嫌み付きで返答してくれた生徒によって、二人が付き合っているのだという事実を、俺はようやく正しく理解することが出来たのだ。

 そして一度受け止めさえすれば、思いの他俺はその事実を受け入れることができた。それも、付き合っていると言われて逆にしっくり来てしまうほどに。
 なぜなら思い返してみれば、二人の仲のよさやスキンシップが多さなど、ただの友人同士の絡み方にしてはややベタベタしすぎているような気がしたからだ。
 それは恋人同士だからだと言われたほうが頷けてしまって、驚きが通り過ぎた後は、ただただ納得の一言だった。

 同性である二人が付き合っている。その事実が、いたってノーマル思考な俺にとって衝撃じゃなかったと言えば嘘になる。
 だが、引くどころか好意的に受け止めることができたのは、例えおおっぴらにできない関係だとしても二人が幸せならそれでいいと思ったからだ。
 二人が付き合っていようと二人に対する気持ちは変わらないし、どちらも大切。秘密にされていたのだとしても、怒りだとかそういった感情は浮かんでこなかった。
 ただ「学校内で知らないの君くらいだよ。いつも一緒にいるのに教えてもらえてないなんて、案外友達だと思われてないんじゃないの?」と嘲笑されたのはさすがに堪えたが。

 なにはともあれ、幼なじみの秘密を知ってしまった俺は、結果として親衛隊の生徒の言い分を聞き入れる運びとなった。
 『恋人である二人の時間を邪魔するべきではない』。それには俺も同意だったからだ。
 だから昨日は遊びの誘いを断ったし、昼休みである今もこうして、二人から離れて一人日向ぼっこをしているのである。

 一人で過ごす昼休みなんていつぶりだろうか。
 二人の話に相づちを打ちながら過ごす昼休みもいいが、こうして空を見上げながら過ごすのんびりとした昼休みも悪くない。
 と、そんな風に思ったところで、ジャリッという足音と共に背後から声をかけられた。


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