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 学校からの帰り道、自宅へと向かう俺の前にはでかい図体の幼なじみが肩を並べて歩いている。
 二人とも180近い身長であり――いや、片方はこの間の身体検査で180を越えたと言っていた――それがまだ成長途上であるというのだから、170ギリギリでぱたりと停滞してしまった俺からするとかなり羨ましい話だ。
 しかもこの二人、羨ましいのは身長だけではないのである。
 左側を歩く、少し長い襟足をゴムで束ねた茶髪の方は、軽薄そうな印象を与えるものの目があった少女が思わず顔を赤らめてしまうような(何度もそんな場面を見た)イケメン。そしてその隣の、対照的に優等生然とした栗毛の方も、どこのファッション雑誌のモデルですか言いたくなるくらいこれまた爽やかなイケメンだ。
 さらに言うと良いのは外見だけではなく、軽薄な方は運動神経のよさや人懐っこい性格、優等生の方はテストではトップを譲らない頭のよさに優しい性格など上げ出すとキリがなかったりする。
 とにもかくにも、彼らが神に二物も三物も与えられた存在であることは、誰の目から見ても明らかだった。
 対する俺はというと、平凡も平凡。容姿はもちろん学力から運動神経までどこをどう取っても人並みでしかない。
 そんな、彼らとは『不釣り合い』な俺がどうして彼らと親しい間柄にあるかというと、それはひとえに、幼なじみだからである。
 家が近所で親同士が友人関係にある俺たちは物心つく前から――生まれて間もない頃からまるで兄弟のように一緒に過ごしてきた。幼稚園に小学校に中学校。思い返して見ても、この三人で連んでいた記憶しか浮かんでこない。
 そしてこの四月に入学した高校も同じ。そんな新しい環境でも、これまでと大して変わらない穏やかな学生生活を送れているのは、間違いなくこの二人の存在のお陰だろう。
 正直言って俺は人付き合いが得意ではない。さらに言うなら、生まれてこの方、二人以外の友人ができたこともない。
 偶然二人と同じクラスになれたため孤独を感じずにいられているが、もし二人と離れ離れになっていれば未だに他のクラスメートともまともに会話をしたことさえない俺は、一人寂しい学生生活を送っていたに違いなかった。
 ただ二人がいることで、逆に友人を作る努力をしなくなっている自覚はある。
 三人でいる居心地のよさに甘えてしまって、現状を情けないとは思いつつもどうにかしようという気が起きないのだ。
 ――だがしかし、それも今日までのこと。

 俺は今、いつまでも二人に甘えていてはいけない状況に立たされている。

「――よな、直」

 ふと耳に入った、自分を呼ぶ声。
 その、突然同意を求めるような声に慌てて顔を上げれば、こちらを振り返る茶髪の方――将也と目が合った。
 もちろん、物思いに耽っていたことで二人の会話をまったく聞いていなかったため、何が『よな』なのかまったくわからない。
 俺のそんな反応から察したのだろう将也がすかさず言い直してくれた。

「これから律の家に行くよなって話だって。直、何ぼけっとしてんの」
「あー……ごめん、ちょっと考えごとしてて」
「ふーん、珍しい。直頭悪ぃーだから考えても無駄でしょ。俺が変わりに考えてあげよっか?」
「……う……ひでえ」

 確かに馬鹿だけど無駄って。無駄って!
 ひどい言われようだが、本当のことだから反撃できないのが辛い。まあ将也が俺に辛辣なのは今に始まったことではないため、この程度で傷ついたりはしないのだが。

「こら将也。直がかわいそうだろ」「律……!」

 それに俺には強い味方が、と目を向けた先では、もう一人の幼なじみである律が爽やな微笑みを俺に向けて、

「でも俺たちと一緒にいるのに考えごとなんて、直にはお仕置きしないとね」
「……え」

 味方どころかとんだ伏兵だった。その笑顔の裏に、俺には黒いものが漂っているのが見える。
 律が優しいのも物腰が柔らかいのも本当だが、なかなか腹黒い性格だと知っているのは幼なじみの俺たちぐらいだろう。

「久々にアレやろーよ、一緒に戦って敵撃ち落としてくゲーム」

 ひとしきり俺をからかって、そう言ってこちらを振り返りながら前を歩く将也は、俺が断るとは露にも思っていないらしい。まだ返事は返していないはずだが、完全に行く前提で話を進め始めている。
 確かにいつもなら、滅多なことがない限り二人の誘いを断ったことはないため、将也がそう受け止めるのも当然だろう。
 だが今日は――いや今日からは、その滅多なことに相当する事情があるのだ。
 だから俺は、不自然にならないように、その言葉を口にする。

「――今日はいけない」

 告げた瞬間、将也と律の目が、僅かに驚いたように見開かれたのがわかった。
 そんな二人の様子に、嘘をつくことへの罪悪感で心が痛む。
 だが――これは二人のためなのだ。
 だから、後ろめたさには蓋をして、二人が口を開くよりも早く矢継ぎ早に告げる。

「ちょっと家の用事頼まれててさ――というわけだから、また明日な!」

 もし深く追求されれば、甘い俺の嘘なんてすぐにばれてしまうだろう。
 回避する避けるためには、言い逃をするのが一番だ。
 そう言うや否や二人を追い越した俺は、視界の端に見えてきた自宅の屋根のある方向に向かって駆け出したのだった。


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