閑話 ナユタの独白
12になったばかりの頃、両親が死んだ。山に狩りに行っていたときに運悪く狼に襲われてしまった。発見した時にはもう生前の面影はなく、そこには血と肉があるだけだった。そんな状態でも両親だと分かったのは見覚えのある千切れた衣服と、血に濡れたブレスレットがあったからだ。両親の誕生日に、コナタと二人で送ったものだった。
俺は少しの骨とブレスレットを持ちかけえり家に帰った。後日村人と共に骨を火葬し家の裏に埋めた。
「兄ちゃん…? 母ちゃんと父ちゃんは?」
七歳のコナタは死というものをまだ理解しきれてないのか、両親の死を伝えても不思議そうにそう訪ねた。
「もう会えない」
「……"死んだ"から?」
「そうだよ。死んだからもう会えないんだ」
「…会えないの? ……う、あ、う…」
みるみるうちにコナタの目には涙が溜まっていった。俺はコナタを泣かせまいと焦った。
そしてブレスレットが目に入った。あれから必死で洗った綺麗なブレスレット。青と白の丸い玉を繋げただけのブレスレット。俺はそれを掴むとコナタの手首につけた。
「兄ちゃん……」
「コナタは母さんの、俺は父さんのブレスレットをつける。そしたらいつも皆一緒だろ」
「………いっしょ?」
「兄ちゃんはどんな時でもコナタといる。母さんと父さんも形は違うけどいるんだ。ブレスレットがその証だ。………だから泣くなよ!」
俺もブレスレットをつけてそう言うと、コナタは目に涙を溜めたまま笑って「兄ちゃんといっしょ!」ブレスレットのついた腕を掲げた。
*******
「兄ちゃん」
あの時と同じように目にいっぱいの涙をコナタは溜めて、俺を見ていた。
「コナタ、気を付けてな」
「……兄ちゃんこそ」
もうすぐ俺は船に乗って遠くへ行ってしまう。コナタはランバルトと共に見送りに来てくれた。
あの時よりコナタの背はずっと伸びた。逞しくなった。でもやっぱり根っこはあの時のコナタと変わりはなくて、泣きそうな顔で俺を見るコナタに俺は懐かしさと寂しさを感じた。
俺が離れる数年でコナタはもっと成長するだろう。それを俺は傍で見届けることができない。
「コナタ……」
俺はコナタの腕にある古びたブレスレットを触った。コナタも俺のブレスレットに触る。
「俺とお前はずっと一緒だ。母さんたちが死んだ時にそう言っただろ?」
「うん」
「母さんたちも一緒だ。形こそ違うけど俺たち家族はいつも一緒にいた。でも、俺はこれから遠くな行く……」
俺は自分のブレスレットを外すとコナタの手にグッと押し付けた。コナタは驚いた顔をして俺を見た。
「これはお前が持っていろ。俺の変わりだ、コナタ」
「に、に、兄ちゃん…や、やだよ」
コナタは顔をぐしゃぐしゃにして首を横に振った。
「なんでだ?」
「だ、だっ、て…そしたら兄ちゃんの傍には誰がいるの…? ブレスレットは兄ちゃん、が持ってて! そしたら、俺も母さんも父さんも、ず、ずっと傍にいられるでしょ?」
「………分かった。ごめんな…」
ついに泣き出してしまったコナタを俺は抱き締めた。コナタの手からブレスレットを取ると、また自分の手首につけた。
汚れのついた古いブレスレットがシャララ、と小さく音を鳴らした。
「……じゃあそろそろ行くよ。コナタ、ランバルト、またな」
「兄ちゃんっ!」
船に乗るとコナタとランバルトはとても小さく見えた。
向こうからも俺がそう見えているのだろうか。
船が出港するとついにコナタが号泣し始めるのが見えた。ランバルトがコナタの肩を抱きしめながら慰めている。
一生の別れでもあるまいし…そう思いつつ、俺も瞼が熱くなるのを感じた。
「……母さん、父さん」
どうかこれからどんなことがあろうと、コナタをお守り下さい。
独白end
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