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 八歳年下の弟は可愛いかった。それはもう可愛かった。目にいれても口にいれても尻にいれても痛くないくらい可愛かった。

「にいちゃ、しーしー」

 夜中、足をもじもじさせながら上目遣いに僕を見る幼い弟はまるで誘ってるのか! というくらい僕を動揺させたものだった。

「きぃちゃん、きいちゃん、お兄ちゃんにチューして」
「あい! チュー!」

 弟は僕が頼むと背伸びをして可愛い桜色の唇で頬にキスをしてくれた。僕はそれが嬉しくて嬉しくて何度も弟にせがんだ。弟は嫌がる事なく何度もチューしてくれた。

「お兄ちゃんきぃちゃんの事大好き!」
「きぃも、にいちゃだいちゅき!」

 しかしあんなに僕の事を好きと言っていてくれた可愛い可愛い弟は、成長と共に変わってしまった。
 今じゃ頬っぺにチューもしてくれないし、大好きも言ってくれない。
 あぁ、それでも僕にとってはやはり愛する可愛い弟なのだ。弟が前のように戻ってくれることを願って僕は今日も弟におはようのチューをしにいく。

「きぃちゃん、おはよう!」

 僕はパパっとカーテンを開けてきぃちゃんに声をかける。きぃちゃんはうめき声をあげながら布団をどかし起きた。

「きぃちゃん、お兄ちゃんにおはようのチュー」
「邪魔、どけ」

 寝起きで不機嫌なきぃちゃんは、笑顔で頬っぺを指差す僕を足で蹴ると部屋から出てしまった。
 慌てて僕はきぃちゃんのために用意した凄く高いタオルを持ってきぃちゃんを追う。

「きぃちゃん、顔洗った後はこのタオル使おうね。きぃちゃん肌が弱いから」
「うるさい。シャワー浴びるから出ろ」
「あ、うん。タオルここ置いとくね」

 ふわっふわのタオルを洗濯機の上に起き、僕は洗面所から出る。肌がちょっと人より敏感なきぃちゃんのためにネットで探し出して買ったタオルだ。きぃちゃんも喜んでくれるだろう。

「利久君、おはよう」

 るんるん気分で鼻歌を歌っていたら養父に声をかけられた。しまった、全く気づかなかった。

「お父さん、おはようございます」

 僕は慌てて養父に笑顔で挨拶する。僕より遥かに背の高いハンサムな養父。十年前に父が逝き、母はすぐ再婚した。その相手が今の養父だ。
 当時僕はすぐ再婚した母達を受け入れることができなかったけれど、まだ七歳だったきぃちゃんはすぐに養父になついた。だから僕も養父と仲良くすることを決めた。
 …表面上は。

「ねぇ、今夜はお母さん出張でいないんだ。私の部屋においで」
「……お父さん、でもきぃちゃんが」
「喜介なら今夜は出かけるって言っていたよ」
「………」

 十年前、15歳の僕に養父は綺麗な笑顔で言った。君が欲しくてお母さんと結婚したんだ、と。
 まだ高校生だった僕は何を言われているかよく分からなかった。だけど母が出張で家を空けた夜、僕の部屋に養父がやってきた。その日から僕の人生は変わってしまった。

「あ…」
「喜介君に知られたくないだろう?」

 返事をしない僕に焦れたのか、養父は僕の腰をつかみぐっと自分のほうへ引き寄せ耳元でそう囁いた。

「行、きますから離して…」
「今夜、待ってるよ」

 ニコリ、と笑って養父は僕の腰から手を離した。
 本当は行きたくない。15歳の高校生じゃない僕はもう養父から逃げられるはずだ。だけど、もし僕が逃げたら今度はきぃちゃんがイタズラされるかもしれない。そんなのは嫌だった。きぃちゃんはまだ高校生。こんな汚い事を知って欲しくない。

「……なにしてんの2人で突っ立って?」

 シャワーを浴び終えたのかきぃちゃんが眉を潜めながら、廊下にいる養父と僕に聞いてきた。

「……何も。さ、朝ごはんを食べようか」
「……ふぅん」

 いつかと同じような笑顔で養父はきぃちゃんに笑いかけた。
 僕も同じように笑えていただろうか。


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